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■2008年07月30日(水)  トライアル不合格
このところなんか、
なんか始めなくちゃな〜という焦りがあって、
たまたまネットで発見した在宅翻訳の仕事に応募してみたんだよね
甘くはないと思ったけど力試しの意味もあって。
医薬関係の翻訳で、メリスの翻訳の経験ちょっとぐらい使えるかなと思って。

トライアルの内容は3つぐらいの長文を訳すもので、そのうちふたつは器具関係、ひとつは治験関係だった。どちらも私がかかわったことある医薬関連の内容とは微妙に分野が違って経験のないものだったけど、内容的にはさほど難しいものではなかった(と思った)。分野別の専門用語は手持ちの医薬辞書でも載ってないからネットで探したりして、ちょっとしんどかったけど・・・。

2週間ぐらい待って、今日結果がきた。結果は不合格(TT。

不合格っていっても、理由はいろいろありうると思うんだ。専門知識不足、文章の理解不足、日本語力不足、スタイルシート準拠のミス、経歴や資格の不足・・・就職の面接とかで落ちたときは、ハッキリ心当たりがある場合をのぞいて一応聞いてみることにしてるんで、今日もきいてみたら
「基本となる専門用語に誤りがみられました。また全体的にみても内容がよくくみ取れていないように感じられました」
だって(--;

専門用語については覚悟はしてたけど、内容くみとれてなかったか
サビシ〜・・・(--;
しかも「内容くみとれてなかったかもな〜」という自覚症状がなかったところがじつに寒いな私。

英語。医薬系。IT。どれも中途半端なんだよなあ。
プーたんがある程度の年齢になったとき、私には一体何ができるんだろうか?
いよいよ焦りが深くなる今日このごろでありました。
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■2008年07月30日(水)  お兄さんとこにフタリメが!
秋の休暇の件で相棒実家に電話したところ、相棒のお兄さんとこに2人目ができたという知らせが!早い!ひとりめのあっくんはうちより3ヶ月おそかったのに、もう!?いいな〜〜〜。あっくんが1歳になるかならないかでできた計算じゃないだろうか。

それで、お兄さんとこはお盆に北海道に行く予定だったのもキャンセルして秋にお父さんお母さんに来てもらうことにしたのだそうだ。
おばあちゃんにはこの夏初めてあっくんを会わせる予定だったのに・・・こればっかりはタイミングの問題でしかたがないね。

さて、さっそくお兄さんとこのなっちゃん(兄嫁)にお祝いのメールを送った。
そしたら先週末箱根に旅行に行ったときの写真というのが送られてきた。

えっ、関西から箱根行ったの?
北海道やめたのに?

いやいや、妊婦によけいな気疲れをさせまいという心遣いもあったんだろうけど
どの家にもその家なりの優先順位があっても構わないとは思うのだけど
そっか〜・・・・・

きっとそういう目で受け止められるとは夢にも思わずに送ってくれた写真なのだろうけど、なんかちょっと、見てはいけないものを見てしまった気分・・・(--;
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■2008年07月30日(水)  旅行いくことになりました。
そしてその行き先は!パンパカパ〜ン、北海道です!
・・・って、また参勤交代じゃねえか!

今回はシーズンオフの2週間の休みということもあり、プースカの体力もだいぶついてきて、ちょっとソトの世界に興味がわいてきたことだし、つぎのコドモを授かるまえにぜひ海外に!とか思っていたので・・・正直残念(TT でもしょうがないんだ。相棒のおばあちゃん毎年冬になるとインフルエンザで命にかかわる状態になるので、ほんとにチャンスというときには会っておかないと。おばあちゃんはもう一日の大半を眠ったきりで、話しかけたらたまにうっすら目をあけるぐらいしか反応がないというから、相棒が行ってもわかるかどうかなんだけど・・・相棒は小さい頃はほんとにかわいがられて、おばあちゃん大好きだったみたいなんだ。会っておかなかったことで、後悔だけはしてほしくないもんね。

そのかわり、なにせ2週間ですからね!今回は相棒と北海道に行くようになって初めて実家詣でだけでなく、旅行もします!レンタカー借りて秋の北海道を縦横無尽に走りまくるよ!・・・というのもまあ、プースカが疲れちゃうといけないので道東だけ縦横無尽に、一日20〜50キロ程度のスローペースで走ることになるわけですが。そして、国内で2週間もフルに旅行すると破産してしまうので、10日間ぐらいにおさえるわけで、しかもそのうち半分ぐらいは、お見舞いと実家詣でに費やされるわけですが、
それでもバケーションなしよりゃいいわ!
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■2008年07月15日(火)  旅行いきたい
おばさんちのおじさんが定年をむかえるので、定年祝いに海外旅行に行くそうだ
ハワイに行くつもりだったのが、予約とろうとして気づいてみるともうどこもキャンセル待ちで、タヒチに行くことにしたんだって。情報求むときた。タヒチなんて行ったことないから知らないよう!しいていえばイースター島から近いから、チリからイースター島、タヒチ、オーストラリアと旅するひとが結構いるってことぐらいじゃね?いいなあ〜タヒチ。なにぶん定年という節目なので張り込んで、4泊5日の旅で、大きな声ではいえないが、私と母がアジアで3ヶ月家出したときと同じくらいの予算を予定しているそうだ。
ひゃぁ〜〜〜いいですなあああ

今年はどっか旅行するの?とシンシアに聞かれて、
「今年は引越も考えてるから、旅行はムリかな〜」と答えた私。
でもなんにもナシじゃあつまらないしな〜(--;
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■2008年07月15日(火)  知らないひとからもらったものを食べてはいけません
公園でプースカを遊ばしていた。
砂場から一段高くなったデッキの上でシコを踏んでいたプースカ、自転車でやってきた真っ黒に日焼けしたおっさんと目があったらしい。おっさん、プースカにおっすと挨拶していき、私の顔もちらと見てどこかへ行った。

しばらくしておっさんまた戻ってきて、またプースカにおっすと挨拶し、私に白いビニール袋を差し出して
「これ、パチンコの景品。余り玉でもらったおやつ。よかったらあげる。オレいらないからここ来ちゃひとにあげるんだわ」
といって置いていった。
「え〜?あ〜、スイマセン」と受け取る私。

袋にはロッテのチョコにハイチュウに、とりどり5、6コはいったお菓子。ええ〜マカダミアチョコなんか、スーパーで買ったら安くても150円ぐらいするんだよ〜?ありがたくいただいてしまった



先日シンシアたちが来ていたときに、ナタリーがもらった飴を見てマーロが「知らないひとからの飴か。ナタリー食べるんじゃないよ」と言っていたのを思い出した。

「知らないひとからもらったものを食べてはいけません」
と私も言われて育ったはずなのだが。いつから食べてもいいことにしてしまったのだっけ。
もう少しプースカのものごころがついてきたら、知らないひとからの食べ物ははっきりとポリシーをもって断ろうっと。
もらったおやつは相棒にあげちゃおうっと。(^^;;;;;
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■2008年07月15日(火)  コドモ番組
_織月か前に大学時代の友達(独身)が遊びに来たときに、プースカのために「おかあさんといっしょ」の録画を流していたら、体操のおねえさんの妙なダンスのコーナー「ゴッチャ」にさしかかったときに友達が
「なんなのかねえ、あのカッコ。ゴッチャ!だってよ?やだねえ、いいオトナがあんなコトして」
と言っていた。たしかにゴッチャの振り付けは変なんだけど、いいオトナがあんなコトして、などと思ったことがなかったので、ちょっとびっくりした。いや、そう言った友人にでなく、あんな変なカッコ、変な振り付けにやだねえと思ったことがなかったことに気づいてびっくりした。

△海僚佞かあさんといっしょの歌のおにいさんとおねえさんが番組を卒業していった。単なるおきまりの入れ替えであって、とりたてて前のお兄さんお姉さんが気に入っていたわけでもなかったのでむしろ次のお兄さんお姉さんへの期待が大きかった私。ところがふたりのさいごの出演の日、お別れの歌で泣いてしまった。

今日、おかあさんといっしょの特別番組でNHKファミリーコンサートが放映され、舞台のストーリーの中で助っ人として前の歌のお兄さんとお姉さんが登場したら、感動してダダ泣きしてしまった。

以上のことなどから、今日気づいたことがある。
私は歌のお兄さんお姉さん、体操のお兄さんとお姉さん、スプーとアネムとズズとジャコビのことを・・・

スタァだと思ってる

プースカが生後3ヶ月ぐらいで初めておかあさんといっしょを見始めた頃は、流れる歌の数々が寝ている間も脳を苛んで気が狂うと思ったものだけど。
見始めた当初は体操のお兄さんなんか、逆三角形のむだづかいもいいとこだと思ってたのに。

いまはインパクトのある数々のしらべの中で心地よくたゆたい、オリオンのようにかがやく体操のお兄さんの姿にうっとりと酔いしれる日々・・・

どうやらいつの間にか洗脳は完了し、わたくしおかあさんといっしょにフルにハマっているもようです。
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■2008年07月13日(日)  引越したい
このところプースカが重くなってきて、ちょっとつらい。
うちはエレベーターない建物の3階なんで、ベビーカー持ってプースカをかかえて3階まであがるのがかなりキツい。親指つけねの腱鞘炎がど〜にも治らない

この家は川崎駅にも徒歩で行けるし立地も日当たりもすごくよくて便利なんだけど、家の前の通りが広すぎてトラックがバイパスがわりにすごいスピードで通っていく。青少年に不適切な地域も比較的近い。ブロック全体が大きい通りに囲まれていて、小学校とかに行くにも大通りを渡らないといけないのであぶない。
このままこの界隈で子育てをしていくのはどうもよくない・・・

と思って近頃引っ越し先を探しはじめた。

多少古かったり、不便になることには目をつぶるから、今の家と同じくらいの広さと間取りで、今の家と同じくらいの家賃で、建物の1階か、エレベータある建物に引っ越したい。

ところが、物件が見つからない。今のウチがこの立地でこの値段でこの広さだったのは奇跡だったんだろうか?今より不便な立地でもっと狭くてかなり日当たりが悪くてもいま払ってるより1万ぐらい高かったりして、全然いい物件が見あたらない。なんだろう。

こんな立地でこんな暗くてどこといっていいところのないウチに住むぐらいだったらいまの三階でガマンするよ。と、強がってはみたものの、プースカが階段を上るようになるまで私の手が保つかなあ?それに、できれば早くフタリメちゃんも欲しいと思っているし。

前回妊娠したときはもう7ヶ月目ぐらいからもう肺が圧迫されて、じぶんひとり3階まであがってくるだけでゼーハーいっちゃって大変だったんだよね。フタリメちゃん妊娠しながらプースカとベビーカーもってあがるなんて絶対ムリ!金輪際ソトに出られない生活になる!

まあ、フタリメちゃんすぐできるかは分からないし、そうこうする間にプースカだって階段をのぼりおりするようになるわけだから、当面は数ヶ月、腱鞘炎とどうつきあっていくかって話だとは思うんだけど、

ちょうどまもなく更新なのよねえ。

とりあえず、このままいいところが見つからなければ今回は更新すると思うのだけど、なんか先送りしてる間にこの子育てにはイマイチ推奨できない環境に根がはえてしまいそうで。それも心配。
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■2008年07月13日(日)  同窓会
コンサルの岩田さんが帰国してるというので、先日、職場のもと同僚と飲み会があった。書いてなかったかもしれないけど岩田さんは去年、アメリカ人男性と結婚してアメリカに移住している。それで、同じチームで仕事してた坂本さん、大阪のチームにいた山田さん、営業チームにいた矢崎さんが集まった。5人のうちいまも会社に残ってるのは山田さんだけだった。

転職・結婚・移住した岩田さんの変化が劇的なのはもとよりだけど、大阪の山田さんは、結婚して10年もコドモいなかったのにこのほど奥さんがご懐妊で9月に女の子の誕生を待っているところだというし、営業チームの矢崎さんも転職してプースカと同い年の赤ちゃん産まれてるし、坂本さんは転職して全然違う方面に進んでて、みんな変化激しかった。私も退職して出産したので変化は大きかったけど、私だけ働いてないので、微妙にとりのこされた気分・・・(-.-;

いろんなひとのうわさ話が出たけど、一番おどろいたのは、私をいじめてくれたあのリーダーまで退職しちゃったということ・・・マジかよ、だったら復職したいよ、と一瞬思った・・・が、まあ子持ちであの残業量はムリだね。

しばらくぶりにプースカと別行動でいい気晴らしになった。
「ついこの前シンシアたちと出かけまくってたばっかりで気晴らしいらないだろ」
と思うかもしれないけど、いつも一緒にいると間がもたないっていうか、相手が赤んぼでも多少倦怠期みたいになることがあるんだよね。たまにこういうことがあると、ココロがリフレッシュされて「プーたぁんただいまぁ〜〜〜!!会いたかったよぉ〜〜」って気持ちになれるのでいいんだ。
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  • faux-nez(2008/07/14 13:08)
    久々にコメントです!
    いやー、絶対別行動って必要ですよね。私は毎日働いているので、昼間は会社と保育園で子どもとは別行動ですが…。でもそうではなくて、子どもと別になんか楽しむっていうのは必要だと思います。出産する前の友達と会うとか。
    私は時々会社を午後休とかにして息抜きしてます♪
  • のーさん(2008/07/16 16:10)
    そうなんですよね。最近、まあシンシアきてたときは別として、子育て以外のことしてないなぁ、って・・・。なんか、最近やることなくて昼寝ばっかりしちゃったりしてよくないです。まだフルタイムのしごとに出るつもりはないんですけど、なんか、自分のハリために定期的にやることを探さないとかな、って感じです
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■2008年07月05日(土)  テレビが
プースカが朝のお昼寝おわってテレビつけたら北島三郎が紫色の顔してて、画面全体に原爆でも投下したような虹がかかっています。この時代劇どういう効果よ!と思いつつチャンネルかえたら全てのチャンネルでみなさん顔が紫で、橋幸夫にいたっては蛍光黄緑のすっげースーツ着てます。

壊れたのですねテレビ

地上波終了まで待ってほしかったけど、相棒が大学にはいった年からすでに18年。よくがんばったというべきでしょう。
ひとまず私のサブ液晶をテレビ台にちんまりと置いて、チューナーつけてテレビ観ています。
別にこれでもよくね?と私は思うのですが
相棒はもっか液晶テレビ検討中。
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■2008年07月04日(金)  おばあちゃんがやってきた
おばあちゃんが埼玉の実家にやってきました。

えっ?おばあちゃんて、ついこの間おじさんちに行ったんじゃなかった?

そうです。シンシアたちが来る直前に奈良のおじさんちに帰っていった、あのおばあちゃんがまたやってきたのです。

奈良のおじさんちは前回も書いたようにおばさんもどっか何か病んでる感じなんだけど、その娘(イトコ)も実はちょっと病んでおり、こちらはちゃんと病名もある。

そもそも小学生の頃から学歴の話できょうだいげんかをし、お受験前でもないのに正月に親戚が来ても顔も出さないぐらい、毎日が勉強づけで育った彼女。努力の甲斐あって関西ではかなり有名な大学の大学院出てけっこう有名な企業にはいったが、学生時代にスキップしてきたイロイロのツケがまわってこないわけがない。どっちに原因があるかはわからないけど上司にいびられて心を病んで、かれこれ2,3年、休職につぐ休職を繰り返している。

そのイトコが。おばあちゃんが帰ってくるや
「おばあちゃんのしゃべり方、上司を思い出す。もっとゆっくり喋って。いまの三倍ゆっくり喋って」などといちゃもんをつけておばあちゃんをイビリ始めた。近くにいてはイトコにとってよくない、とおばあちゃんはとんぼ返りして埼玉に帰ってきた。

そんなことなら、もうおじさんちには頼まない!おばあちゃんはうちでひきうけます、とでも母が言えばおさまりはつくんだろうけど、なにぶんおばあちゃんは自分が産んだ4人兄弟の中で長男のこのおじさんだけが大好き。離れているとおじさんのことが心配でしょうがない。そして、子供時代から現在に至るまで一貫しておじさんだけひときわ大事にし、残り3人(とくに女の子である母と伯母)にはおまけみたいな扱いをしてきているので、その3人がおばあちゃんと暮らしていて楽しかろうはずがない。

一応おばあちゃんの本拠地はおじさんちということになってるので、秋には帰る、という予定になってるのだけど、どうなるだろうか。おばあちゃんは私にとってはそんなにつきあいにくいひとではないし、かわいそうなところはあるけれど、兄弟の確執についてはほんとに自分の業というほかなく、今現在もまったくふりかえることなくおじさんを大事にし続けてるさまを見ればむしろ母のほうがかわいそうなぐらいだ。

私はまだひとりしか産んでないからわかんないけど、兄弟を平等に育てるっていうのはそんなに難しいものなんだろうか?

母がほんとにテンパってきたら、また母を連れて家出しなくちゃなんないか?と思ったりもする今日このごろである。
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■2008年07月03日(木)  シンシアたち帰国
朝9時半頃に電話がきて、もうすぐ荷造りができるから、っていうのでプースカつれてシンシアのホテルに出かけた。ホテルでメロンパンをもらってプースカに食べさせながらシンシアが荷物をつめるのを待つ。ナタリーはプースカを抱きしめてなんども「good bye〜」と繰り返し、目に涙をためて「プーちゃんは私たちが行っちゃうことわかってるのかなあ」とつぶやいていた。

11時にチェックアウトしたあと、まだおみやげの買い物が済んでない、日本画のスクロールペインティングが買いたいというので、心当たりがないながらも一応さいかやに連れていった。結局そこでほしいものは見つからず、8階のタパスタパスでパスタとピザを食べた。朝のお昼寝ができなかったプースカはまた眠くて騒ぎ出してしまったので店を出た。

彼らは成田で買い物をする予定にしてたのに、気がつけばもう予定してた成田エクスプレスに乗れない時間だった。一本あとの電車のチケットをあわただしく買い、その間にも名残を惜しむように話しそこねてたいろんなことを話した。

改札の手前でお互いに肩を抱き合う。シンシアたちは「絶対遊びに来てね。待ってるからね」と何度も言いながら去っていった。シンシアたちが階段をおりて見えなくなってから、どっと涙が出た。シンシアたちを見送ろうとがんばっていたかのように、彼らが見えなくなってほんとにすぐにプースカは眠りに落ちた。

実のところ、前回のシベリア鉄道の旅は、私にとっては不完全燃焼で、シンシアに対しても少し距離を感じていたのだけど、今回会って、シンシアのほうは初めて会ったときから今までまったく変わりなく私のことを大好きでいてくれたことがわかって、そのことに深く胸をうたれた。

子連れでの観光はほんと大変だったし、女風来坊ふたりだったころに比べると、おたがい家族ができたぶん、深く掘り下げて話をできる時間は短かった。でも、私たちのつきあいは、おたがいの家族を巻き込んでまた新たなフェーズに入ったんだと思う。そして、そのつきあいは本当に、ずっと続いていくんだと今度こそ私は確信した。

この素敵な女友達と、どちらかが棺桶にはいるまであと何回会えて、何週間のときを共有できるだろうか?次に会えるのはいつで、そのときには何人になってるんだろうか?そのときを楽しみに待ちたいと思いながら私とプースカは川崎駅をあとにしたのだった。
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■2008年07月02日(水)  築地
起きたら風邪がノドのほうに進行して私はすごい声になっていた。
今日は築地と銀座の約束だった。
「明日は長い一日になるから、今日ゆっくりして治してちょうだい」と言われたわりに昨日も帰ったのは日没頃だったからなあ、治るわけないよなあ(^^;。フシブシに来る風邪みたいで、全身がビキビキと音をたてそうに筋肉痛になっている。
朝8時半にホテルで待ち合わせ。プースカはいつもの時間に自発的に起きなかったので出る直前に起こした。プースカも疲れてるんだろうなあ

まずは築地にむかい、場内市場へ案内する。といってもベビーカーで場内とかあり得ないんでプースカと私は食堂街のへんで待つ。天気がよくて、日がてりつけてくらくらした。3人は30分もしないで戻ってきたのでこんどは場外市場へ。マーロは家庭の食事を一手に引き受けてるらしくて、7000円ぐらいのハガネの包丁を二丁も買っていた。

シンシアのリクエストによりお昼はお寿司屋さんへ。といっても子連れなので、敷居の低そうな、いかにも観光客むけっぽくて、メニューに英語表記のある店にした。ナタリーは魚と海苔が嫌いで、かっぱまきの中身をほじくって食べていた。プースカにも、まだ生魚は早いのでタマゴ寿司。席のすぐ横が鏡で、鏡にむかって食べてるクチの中のものを映してよろこんでいた(すてきなご趣味ですこと)。やがて、午前中昼寝ができなかったせいか機嫌がわるくなり、叫んで身をよじりだして大ひんしゅくを買った。誰かがチッとか舌打ちしたりして、日本の社会ってこういうとき本当に冷ややかだよね(TT。プースカは店を出たらすぐ寝てしまった。

築地をはなれ、こんどは銀座へ。マーロが絶対に行きたいと言っていたライカのサロンに向かう。マーロの唯一お金のかかる趣味はカメラで、今回の旅行でもライカのフィルムカメラで自販機の写真をいたるところで撮っていた(^^;

ところがライカのサロンは最近移転したとかで行き方がよくわからない。地図を見てもめていたらたまたま通りかかったおじさんが銀座とカメラに詳しくて、ライカの移転前のサロンにも行ったことがあるという。移転後の場所は知らなかったけど色々ひとに聞いて案内してくれた。銀座にこんな親切なひとがいるなんて!日本人の私もびっくりだ。

ライカのサロンでは英語を話せる店員さんがいて、マーロは思う存分ライカの話をしていた。そして店員さんからは、なんか知らないけど私も英語で話しかけられていた(^^;。なんの必然性もないのに日本人と英語で話すのってなんかおもはゆいよね・・・かといって「いえ、私日本人なんで、日本語で話してください」っていうのもマヌケだしな。

マーロはかなり気になるレンズがあったみたいだけど買わなかった。あとで聞いたら、アメリカで買っても2千ドルは安く買えるそうだ。さすが銀座プライス。つーか、値段の差だけで2千ドルって、総額どんぐらいするレンズよ!
プースカはライカにたどり着く前に起きちゃって店内を徘徊し、磨き上げられたガラスというガラスにちっちゃい手形をつけまくってきた。

ライカのあとは、私にとって銀座の定番キルフェボンへ。日本一のタルトだよ!とつれていったのに、タルトは最近の値上げのせいでひとまわり小さくなっていて、ショボッ!て感じだった。相対的にフルーツ部分が減ってるので、味も落ちたように感じてしまう。

お店ではプースカがふたたび機嫌が悪くなってのけぞっているのを、私とシンシアが話せるようにとマーロが外へ連れ出してくれた。銀座のマロニエ通りの界隈を50近い白人男性が、どう見ても日本人のあかんぼ連れて荷物ももたず散歩してるのはどう見ても変で、すれ違うひと全員がすべて何度もプースカとマーロの顔を見比べて不審そうにしていくのでおかしかったそうだ。

シンシアはプースカが泣いててもあまり気にせずに話しを続けてしまうところがあって、そういうときいつも適切な方法で助けてくれるのはマーロで、ここらへんがやっぱり子供を育てたことあるひととないひとの違いかなあ、それとも単純に生来の性格の差なのかなあと思ったりした。

最後に松屋の地下に行って1コ2万円の宮崎マンゴー、1コ2万円の四角いすいかを見て電車乗って帰った。

川崎駅で、見知らぬおじさんが「ま〜あかわいいねえ、アメあげよ」といってプースカとナタリーにアメをくれた。手にしたアメをみつめてるナタリーにマーロは「知らないひとからのアメ。わかってるね、ナタリー、たべないで」と言った。もらったのはよく見るアメで、くれたおじさんも危険なひとには見えなかったから、たぶん食べても大丈夫だったと思う。でも子供たちが自力で総合的に判断し、安全そうなケースを選び取るようになるのはまだ先のこと。それまでは、知らないひとからもらったものは常に食べるなとしつけるほうがいいのかもしれない。私は旅のなかで差し出されたものをいくらでも食べてきたけど、プースカと旅をし始めたら、やっぱりそういうふうに言うのかな、言わないといけないんだろうな。

今日はもうこれまでで暑くて疲れて、もうあと一歩もがんばれないところまでがんばった。けどまだ続きがあるのだった。明日はシンシアたちが帰る日なので、今日は家族で夕食に誘われていた。

帰ってすぐにプースカとシャワーあび、プースカを寝かしながら自分も1時間ぐらい昼寝しようと思ったのに、このところの疲労で慢性蕁麻疹が再発してて眠れなかった。相棒が帰ってきて7時20分に駅方面へ。チネチッタで落ち合ったらプースカが、シンシアを見つけて手を振った!

しゃぶしゃぶが気に入ったといっていたのでチッタに新しくできたしゃぶしゃぶ屋に行った。掘りごたつみたいになってる個室に入れてもらって、快適だったけどプースカが一回掘りごたつにおちた。ナタリーは広島のしゃぶしゃぶの店でおそばも食べて気に入ってて、おつゆをおかわりしながらたくさん食べていた。

いっかい、日本酒をたのんだときに、マーロがナタリーに「味見しない?」と言ったら「やだ。サケってなに?どうせ魚なんでしょ」といっていやがった。
「そばつゆをおかわりまでして食べてるのに、魚をきらいなわけないよ、かつおのエキスがたっぷり入ってるんだよ」と言ったらナタリーは「そうなの〜?」と言ってはずかしそうにしていた。

私たちからは、おみやげに3人の名前の特注のはんこペンと、シンシアの翡翠の腕輪に似せてつくった石けんをあげた。やがてプースカがまた疲れて眠くなり騒ぎ出したので、あわてて店を出て全員で写真を撮ってもらって帰った。プースカはほんとに疲れたようで、帰ってきて布団に置いたら瞬殺で寝てしまった。

ああ、このビキビキする疲労とも明日でお別れだ。つらかったけど楽しかったな。
プースカがせっかくあんなになついたのに、行ってしまったらきっと忘れてしまうんだろうな。それを考えると寂しい。
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■2008年07月01日(火)  川崎大師
動物園やジブリに行ってたときからどうもノドがおかしい感じだったんだけど、シンシアたちが広島に行っていた2日のあいだに私は風邪をひき、松任谷由実みたいな声になってしまった。

さすがにシンシアたちも疲れていたみたいで昼ぐらいに電話きて、お昼でもどお〜?というので出かけていき、地下街で手打ちうどんを食べた。ナタリーは、このまえの素うどんが案外気に入っていたようで「うどんがいい!」って元気に言っていた。

で、しばらく喋っていたら「じゃ、これから鎌倉でも行かない?」という。おととい広島行って、昨日帰ってきたところというのによくそんな元気あるね・・・(^^;。私は微熱に加え、全身が疼痛に襲われていたので辞退したけど、「さら〜っと見てあるくだけだから、どうかな」とか「ほんの散歩ぐらいだから、心配しないで」とか、どうしても「私と」一緒に行きたいらしい。だったら・・・と、川崎大師を提案したら、「のーさんんが行けるならそこにしましょ!」と即決で、バスで川崎大師に行くことになった。

参道の店がちょっとしまり気味で寂しかったけどたいへんいい天気で、境内もすいており、ちょうど午後の最後のお護摩が始まって本堂のなかでお経よんで火を焚いてるのが見れて、おもしろがっていた。最近階段を上れるようになってきたプースカは、本堂の15段ぐらいの階段をえっちらおっちら手をつきながらあがっていた。

そして、プースカのおむつ替えにいこうとしたらナタリーが「私もトイレ!」とついてきた。ベビーベッドにプースカを置いたら、ナタリーはすごく残念そうに個室に入っていった。(今日も見学したかったのね(^^;)

本堂を見学しおわったあとはベンチに腰掛け、広島のみやげ話を聞いた。資料館はとても印象に残る展示物が多く、その中でもトラウマになりそうなものはナタリーに見せないように苦慮したという話やら、宮島のお店でたくさん買い物をして、割引してくれないかと聞いたら「ここは中国人や韓国人の店じゃありません!」と言われてナヌッと思った話やら。

そうそう、広島ではお好み焼きを食べたかったけどメニューが日本語しかない店ばかりで、やっと助けてくれたひとに教えてもらった店で食べたものがすごくおいしかったのだそうだ。
「なんか、同じ言葉を繰り返し言ってたよ。ソバソバだっけ?」とか「サビサビ?」とか「シブシブ?」とか言っているので、店の写真を見せてもらったらしゃぶしゃぶだった。

そのあとはしばらく、戦争とか、日本での原爆についての教育の話なんかを喋っていた。プースカが歩きたがるのでどうしようかと思っていたら「ナタリーがおっかけてくれるから大丈夫よ」というので任せていたら、どうやらずんずん歩いていってまた本堂の階段を上っていってしまったらしい。落ちたらいけないのでナタリーが細腕でだっこしておろしてくれたんだって。でもそれもずいぶんと危ない話だ。あんな小さい子にあんなもっと小さい子を預けちゃいけなかったんだと思う。なんかシンシアの旅行に参加して、このところ自分は母親としてどうなんだと思うことが多いな・・・。どう考えてもプースカに対する注意がおろそかになってる。(--;。

川崎大師の境内には5時くらいまでいただろうか。
川崎大師のとなりには金山神社という、でっかい男根がご神体の神社がある。お参りしたらその月のうちにプースカを授かったありがた〜い、でもカオスな神社だ。そういう神社があるよ、と言ったら、シンシアは大乗り気で行こうと言った。もうよろこんじゃって、いろいろ下品な言葉を並べている(^^;もぉ、女の子なんですから!しかもナタリーの前なのにいいの〜?・・・まあ、それが以前からの彼女なのだけど
「シンシア、結婚したらそういうのやめたのかと思ってたよ」
と言ったら
「やめないわよ Hell No!
と元気よくシンシアはこたえた。
「のーさん、きみがシンシアのことほんとによく理解してることがびっくりだよ」
とマーロ。
「私にはマーロがシンシアのこと理解してることのほうがびっくりだよ」
と言うとマーロはそりゃそうだ、と笑い
「シンシアのこと、わきまえがないって言うひともいるけど、僕は、シンシアは素直なんだと思うんだ」
と言っていた。

シンシアの結婚について、心配したこともあったけど、このヒトコトを聞いて、シンシアの結婚は本当に成功だったんだなあ、と思った。
シンシアは、男性恐怖症っぽいところがあって、長い間いい彼氏に恵まれず、男性とつきあうとだいたい、素直な自分を出せなくてうまくいかなくなってしまっていた。けど、ついにちゃんと自分を出せて、うけとめてくれるひとを見つけたんだね。よかったね・・・
そんな話をしてたら、私もシンシアもちょっと涙がこぼれてしまって、男根をはさんで女ふたり、肩を抱き合ってしまったよ。
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  • ギャンブラー・ノブキ(2008/07/07 06:22)
    詳しいビザ情報、ありがとです♪
  • のーさん(2008/07/09 13:20)
    こんにちは!ギャンブラーのノブキさんって、私の知ってるノブキさんかな。私のビザ情報ふるいです。大丈夫かしら・・・
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