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■2008年01月29日(火)  卒乳しました
1歳を機にプースカ卒乳いたしました。

最近はもうゴハンもほとんど普通にオトナと同じもの食べるし、おっぱいは眠いときぐらいしかほしがらないので、もうやめても大丈夫だろうってのと、次の赤ちゃんがはよ欲しいということが主な理由だけれど、おっぱいやめれば夜泣きしなくなるという話も聞いたので思い切ってやめることにしたわけです。

といいながら最初の晩はプースカもうわんわん泣いちゃってかわいそうだった。最近微妙に言葉に近いものを発するようになったプースカは「アッバイ〜」とか「オブ〜」(←たぶん本人的には「おっぱい」という意味)と叫び、私の胸をたたきつづけ、のけぞり、おっぱいくれないなら指でもしゃぶりたいとこだけど指をしゃぶると泣いて訴えることができなくなるから指を口元まで持っていきながらガマンして口を大きくあけて泣いててかわいそうで悲しくて私も一緒に泣きながら寝たのだった。そんなふうに泣かれても挫折しなかったのはひとえに、そんなこともあろうかと一杯ひっかけておっぱいをあげられないようにしてたからにほかならない。

しかし案外あっけなくあきらめがついたようで翌日からはほとんど泣かずに指をクチに持っていくようになった。寝付きも早いし、夜中にちょっと泣き出したときは桃太郎さんを歌い続けているといつの間にか寝ている。

そうか、もうおっぱいなくても生きられるようになってたんだね。

生後3ヶ月から溜まったことのなかったおっぱいが今日は溜まっていたので、久々の牛乳ブロをやった。1年たってもうあまり出なくなったと思ってたけど、実はこんなに飲んでたんだなあ。
これまでの1年、1日も休まずにあげつづけてきたから、胸にぽかんと穴があいたような気がするよ。
おっぱいあげることがこんなに幸せなことだったなんて気づかなかった。
もう一度おっぱい飲んでる顔が見てみたいな
振り回してしまうといけないからそんなことしないけど

今や卒乳を嘆いているのは私だけのようで
腹話術で息子をあやつる母親にはなりたくないけど、
今から子離れが思いやられる・・・
コメント
  • faux-nez(2008/01/31 13:53)
    授乳お疲れ様でした!
    飲んでる顔(しかも母から見た感じ)ってほんっと可愛いんですよねー。あれを独占できるのはハハの特権ですね。
    そうそう、残りの乳はちゃんと出してもらいましたか?次のお子さんを考えているならなお、ちゃんと残りを出したほうがいいみたいですね。私はなかなか生産も止まなかったみたいで、半年経った今でも断乳マッサージがちゃんと終了してないんです…。普通3回で終わるところを4回も行ったのにー。
  • のーさん(2008/02/03 22:41)
    ええ〜!断乳にもマッサージがあるんですか。知らなかった・・・なんか、1回しぼったらもうしなびてきて(笑)あまり溜まる感じがないんで、刺激したらかえって勘違いして製造しちゃうかと思って絞ってないんですけど、桶谷とか行ったほうがいいんでしょうか・・・
  • faux-nez(2008/02/04 23:13)
    私は出すぎでずっと桶谷に通っていて、そこの助産師さんに言われたのですが…。
    でも、授乳中は通っていない人でも断乳だけ桶谷に行くという人は私の周りでもわりといますよ。
    古い乳が残っていると次の乳の生産にあまりよろしくないとかで、あくまで桶谷式で製造しないで残りを出すやり方(私には違いがよく分かりませんでした…)で絞るみたいです。
    あくまで考え方ではあると思うのですが、私は元々出すぎだというのと次の子のことを少しだけ考えてマッサージ行きました。
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■2008年01月29日(火)  旅行の計画
先日ふとしたことから旅ごころがくすぐられてしまい
諸処の事情からたいへん珍しいことに国内旅行を計画しているわたくし。
夢中になって宿とかリサーチしております

相棒はもちろん週末しか休めないのでいいとこ3日だなと思っていたのですが
ふと思いついて提案したところ、私とプースカだけで3日ほど先に出て好き勝手に旅行しても「まあいいかな」と相棒から許可が出たんです!!わあ〜〜〜〜〜〜〜赤ちゃんと2人で旅行?かっこい〜〜!

でもなんとなく、どうせまたポシャりそうな気がしないでもない。
昨夏の例があるからね(--;
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■2008年01月29日(火)  Oさん
お待たせいたしました!久々のOさん情報です(誰も待ってない?)

Oさんについて前回の記述は
こちら(2007年11月26日)

昨日Oさんから
「もしかしたら1月か2月にKさん(Oさんがいれこんでるアナウンサー)に会うか電話ではなすかもしれません。うまくゆけば兼業占師の取材があるかも」
とメールがきた。エッ!!なになに!?なんでそんなことになってんの?

私が問いかえすと
「実は最近Kが私のブログを見ているらしい。」
というんです!
なんでそれがわかったの?局のドメインのアクセスがあるとか?直接コンタクトがあったの?と訊ねると
「そうではないけど、私がブログで書いたことに呼応するような内容ばかりラジオで喋るんです」

どんなことを話すのかと聞くと
「私が日記に『Kさんは叔父に似ている』と書いたらラジオで自分の叔母さんたちの話をしたし、
私が髪を切りすぎたと書いたら、年末に帰省先で髪を切った話をしたし、
私が『想定外』という言葉を使うと、放送で『想定内』という言葉を使ったし。
互いのブログで反応しあい、直接ではなく屈折したかたちで『交流』しています」

(^^;でた〜っ
彼女の脳裏に「髪なんか月に1回は切るだろう」とか「想定内なんて言葉使ったからって珍しくもない」という思いの浮上する余地はない。

どうやらOさん、Kの番組で10月ぐらいにプレゼントに当選したらしく、そのときにKさんが私を選んでくれた!=>Kは私に気があるのでは、と思ってしまったらしい。
で、
「ブログに日曜の晩は時間がありそうだと私あてのメッセージが書いてあったので、洗濯しに行ってあげましょうか、とか、家に来てみないかと冷やかしてみるつもり」
という。

まさか来ないでしょ(^^;と思いつつ
「Oさんちは旦那さんもいるのに遊びに来ませんかなんて言っていいんですか」
と聞くと
「嫌なら断るか他の場所を指定するはずです。私のブログも毎日みているようです。そこにメッセージをのせるのが一番早いかも。会って抱きしめてうちわであおいであげるしかありません」
意味がわからない(^^;。
つか、冷やかして、などという言葉を使ってちゃかしているけれどOさんのブログを毎日読んでるなどと思いこんでるあたり、内心の本気がにじみ出ている(^^;;;;;

それで、兼業占師の取材という話はどこから出てきたのだろうか。番組で募集でもしていたのか、番組へのメッセージに反応があったのか
と聞いてみたところ
「いえ、そういう話はまだなく、誰も何も言っていません(^^;」
とのことで、つまり、

全部妄想かい〜!!!

Oさんとしては、Kが休みの日を知らせてきたということはOさんと会いたいという意味なので、それなら話題がとぎれることのないように兼業占い師の取材ということで来てもらえばいいか、と企画を立ててしまったようだ。そして思考の経過を全部すっとばして、その企画の部分だけ私に語ってしまったというんだからスゴイが、それもこれも全ての根拠が、「OさんのブログにKが反応した」という事実に基づいているわけだからもっとスゴイ。

しかし、前の、派遣先の上司への(本人いわく上司「からの」)アプローチのときにわかった通り、私が冷静になって見方を変えてみるように言ってみてもたぶん聞かないので今回はとくに反論や反証はしまへん。(^^;;;

いや〜っ書いてて思うけどホントにすごいなOさん。
いまは一応既婚者という意識が多少の歯止めになってるみたいだけど(なってるか?)
いずれ事件を起こしそうな気がしてなりません。
コメント
  • ドンぐる(2008/02/02 00:23)
    Oさん話が一番面白いです。
    どんどん書いちゃってください〜〜
  • のーさん(2008/02/07 09:20)
    おっ、お久しぶりですドングルさん!Oさんばなしまだチェックしてくださってるんですね。まだありますよ〜つづきますよ〜(^^;
  • ドンぐる、びっくり(2008/02/07 21:08)
    のーさん、覚えていて下さって嬉しいです^^)
    続編しっかり読みましたよ。このブログ、目が離せません
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■2008年01月26日(土)  プースカの誕生日
プースカがついに1才になった!!
わが家にやって来た頃はあんなにちっこくて、いつ踏みつぶしてしまうか、いつ悪い病気にかかってしおれてしまうかわからなかった赤ちゃんが今や9キロ!まだモノにつかまってだけどそこらじゅう歩くよ!ちょっとだけど芸もするよ!!かつてタテ抱っこしたときにアゴの下にあったアタマはもう私のハナの高さまで来る。

よくぞここまで、一回も熱も出さず風邪もひかずホネもおらず内臓もハレツしないで無事育ってくれた(TTかーちゃんとてもうれしいよ。

ほほえむようになった3ヶ月。肌荒れと肥満に苦しんだ4ヶ月。はじめて寝返りした6ヶ月。歯がはえた7ヶ月。立っちするようになった10ヶ月。
驚きと感動の1年をありがとう。

キミの前にのびやかでゆたかな世界が広がっていますように。
その中でキミが健やかにおおらかに成長していくことができますように。
成長していくキミを前に私自身が戸惑うことなく受け入れ、時に手をさしのべ、時に見守ることができますように。
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  • もみぃ(2008/01/28 01:26)
    お誕生日おめでとうございます!
    プースカ君もご家族もホントに心から幸せそうな一家で羨ましいよ (ノー`)・゚・。

    えりすと同じ誕生日だね!
    ということは…山下久美子とも一緒だよ☆4回り違うけど (^^;
  • のーさん(2008/01/28 20:02)
    ありがとうございます〜
    ネットで検索しましたが、えりすって桜井えりすっていう方?この方は下の名前オンリーで呼んでみなさん知ってるぐらい有名な方なのでしょうか(^^;・・・
  • 竹浦(2008/01/29 17:39)
    おおらかな、お母さんの心境ですね!素敵です♪
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■2008年01月25日(金)  今日あった悲惨なできごと。
(食事中の方はご遠慮ください)

お昼寝のあと香ばしいのでひらいてみると小ぶりの玉子ぐらいのつややかなウンコが出ていた。最近はもうふつうのゴハンが食べられるのでウンコもかなりオトナのソレに近い。

さておむつ替えが終わって、はずしたおむつを持ってたちあがったら
何かがパサリという音をたてて落ちたではないですか。相棒の布団の上に!

以下略ですが、つややかだったので後始末はそれほど大変ではありませんでした。
におわないので今夜はそのシーツのままで寝てもらいます。
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■2008年01月25日(金)  昨日あった悲惨なできごと。
ママトモのエリちゃんがユウちん連れて散歩のついでに突然遊びにきてくれた。

掃除機さぼってたし
とりこんだ洗濯物が積んだままで
室内に洗濯物いっぱい干してあり
co-opが持ってきたお米が玄関にうっちゃったままで
テーブルの上がぐちゃぐちゃで
きわめつけはこのところ寒いんでホットカーペットの上で寝てるから居間になぜか布団が山になっててさ〜(TT

でもあがってもらったよ(TTせっかく来てくれたんだし。

近所に友達ができるってこういうことなんだと思った。
今度から心を入れ替えていつでもひとがあがれる家をめざすよ。
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■2008年01月25日(金)  先日あった悲惨なできごと。
プースカを押しながら街を歩いていたら、手に紙袋をさげた流浪のひとが前を行く。
そのひとが着ているジャケットが、私の最も気に入っているウールリッチのアウトドアジャケットとそっくりな色だ。いや〜よく似てるな〜。ひじあての切り替えもそっくりだし。フードの形も。ロゴも。

同じじゃねえか!

よかった〜今日同じの着てなくて!
しかし、あれ買ったの10年前だよ!?元値が3万円もする(半額で買ったけど)なぜ今さら流浪の(浮浪の)ひとが着てうろちょろしてるんだよ!
ひとに歴史があるように、そのジャケットにも流転の過去がありそうだ。
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■2008年01月25日(金)  一周年の夜はかくも感慨深い。
去年の今頃は何も知らず部屋も片づけず眠りにつく頃だったろう。
そして2時間ぐらいすると私は異変に気づき、目まぐるしく、おなかのすく1日に突入していくのだ。
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■2008年01月25日(金)  出産の記録9
いずれ書くといってずっと書いてなかった昨年の出産の記録。プースカの誕生日を前に、いまさらですがまとめてみました。グロい表現もありますのでスプラッタ等に弱い方はご遠慮ください。


→出産の記録1へ




相棒は面会時間の終わりまでいて帰っていった。
そういえばトイレいってないな・・・
「1回目のトイレだけは看護婦を呼んでください」
と言われてたので、やっぱり「大袈裟だなあ」と思いながらも一応看護婦さんを呼んでトイレに行った。私はふつうに歩けたし、それなりにすぐ出たけど、トラブルあるひとも何割かはいるのかもしれない。特に、個室はトイレつきだけど大部屋の場合廊下の先のトイレまで歩かないといけないからね。
トイレに行きたい感覚が麻痺しているらしくて、それほどたまってる気もしなかったのにもの凄い量がでた。

今日出産して大部屋に泊まることになったのは私と、となりの分娩台で出産していた大崎さんだった。大部屋には切迫早産で前から入院してる女の子2人がいた。このふたりは長く逗留してるせいでむかしからのトモダチみたくにぎやかに喋っていた。片方の24才のエリちゃんは来週に帝王切開をひかえてブルーになってるらしく、全身麻酔がいいのか下半身麻酔がいいのかって悩んでいた。
「セボネに麻酔すんでしょ。痛くないのかな?誰かやったひとから話ききたいな〜」
という声がきこえたので、カーテンひらいて
「あの〜、私今日下半身麻酔して産んできたとこで・・・」
とおしゃべりに参加してしまった。彼女たちは出産前で、自分自身は元気なのに子宮の状態が万全じゃないせいで「絶対安静!トイレ以外ベッドから動くな!」と言われているもんで喋るぐらいしか娯楽がないんだろう。話がはずんで、会社の同期の友達が「大部屋もいろんな話きけて楽しいよ」と言ってたのを思い出し、ナルホドと思った。

そのうちとなりの分娩台の大崎さんも参加してくるかな〜と思っていたが参加してくる気配はなかった。
ほどなく看護師さんを呼び出す気配があって、消毒液コットンをもらっているようだった。
さらに消灯後にもう一度看護師さんを呼び出している気配がして、「すごく痛むんです」とうったえていた。その痛みがどうも深刻なようで、しばらくして大崎さんは階下の観察室に連れていかれた。

夕食後に一時すごく眠気がきたわりに、夜になると興奮してほとんど眠れなかった。出産の夜は眠れないものらしい・・・。
おなかにはもう誰もはいっていないのに、ときどき子宮がひくひくと動く感じがする。まだ陣痛の名残が残っているようだ。

赤ちゃんはどうしているかな。でももう、ちゃんと出てこれるかを心配する必要ないんだ。彼は階下の新生児室できもちよく眠っているだろう。はぁ〜〜無事終わったんだ!あの怖れていたお産がもう終わったなんて夢みたい!夢みたい!!
生まれた瞬間のことが何度も頭の中によみがえり、思い出すたびにうれしくて涙が出た。

ちなみに翌朝、大崎さんは戻ってきていなかった。それどころか隣のベッドには荷物もなかった。痛みがひどいので、川崎のほうの大きい病院に搬送されたとのこと。大崎さんは結局3日ほど搬送先の病院に入院し、そこから「退院」してこの産院に戻ってきた。大崎さんが大病院にいる間、赤ちゃんは新生児室にのこされたままだった。私とほとんど同じときにほとんど同じ大きさの、同じ性別の赤ちゃんを産み落とした大崎さん、どれほど赤ちゃんが気がかりだったろう。この明暗を分けたのは何だったのか。

ほんと、だからお産はあなどれない。私は運良くよい経過で乗り切れたけど、その時を迎えてみなければ自分がどんな体質で、お産がどんな経過をたどるかということはわからない。だからお産はおそろしい。

・・・ともかく。かくして私のお産は終わった。

安産でとりたてて何のドラマもなかったけど、無痛ならではの余裕があって、それによっていろんなことが心に残り、また勉強にもなった一日だった。支えてくれた病院の方々、そして常に力づけ共感してくれた相棒と、誕生を心待ちにし、歓迎してくれた家族、友人達にも感謝を伝えたい。

お産は女の人生最大のアドベンチャーであるとともに恐怖体験でもある。それでも女達がお産にたちむかっていくのは、やっぱり子供を持つことが女にとって、夫婦にとって、人間にとってすごく大きな幸せだからなんだと思う。この記録をまとめているのは、1才の誕生日を目前にした日々だけれど、プースカ(ノブオ改め)との1年を経たいま、私はそのことを心底実感している。

今迷っているひとは、ぜひ飛び込んでください。
そしてあなたにもいいお産が訪れるよう祈ってます。
コメント
  • 竹浦(2008/01/25 20:57)
    出産記録、お疲れ様でした!
    別の友達も「出産は当日まで何があるか分からないよ!」と言ってましたが、ほんとそうですね。私も早く元気な赤ちゃんを抱いて安心したいです^^
    それにしてもこの記録、ここだけのものにしておくのはなんだか勿体無い気がします。
  • のーさん(2008/01/25 23:39)
    興味もって読んでくれてありがとう!私も早く竹浦ちゃんの赤ちゃんに会いたいよ(^^ ここだけではもったいない?マジ?どこかに投書してみようかしら・・・
  • faux-nez(2008/01/26 00:14)
    全部読みました〜。それにしてもちゃんと記録を残していて、しかもそれをきちんとまとめられるとは…素晴らしい!
    私はすごく悩んだ結果いわゆる無痛分娩を諦めたのですが、以外と大丈夫だった記憶があります。
    というか、痛いとか辛いとかの記憶があまりないんです。痛いとも辛いとも思ったというのは覚えているのですが、実際の痛みとかはまったく…。オンナは出産後痛みを忘れるホルモンを大量に放出するっていうのは本当だったんだなぁと思ってます。

    それから、最後になりましたが、プースカくんお誕生日おめでとうございます!ご一家で素敵なお誕生日を過ごしてください。
  • のーさん(2008/01/28 08:38)
    faux-nezさん ありがとうございます〜。私も産後2日ぐらいはイタくて、とくに便秘がツラかったな〜という思い出はあるんですけど、実感としては何も残っていないです。そういうホルモンあるんですね。モルヒネみたいなもんかな・・・
    誕生日、妹がインフルエンザだったので実家は行かず、川越で祖母と合同誕生会行ってきました(^^)
  • タッキー(2008/02/18 15:53)
    随分、昔に数回コメントをしていた者です。
    今回、出産記録を読まさせていただきました。
    すごく細かく書いてあって胸にきました。
    実は、私、今月人生二度目の流産をしてしまいまして、自然流産を待つべく待機している最中で、しかも超高齢ということもあり次回があるかどうか分からないので、出産ってこういう感じなのかぁと疑似体験させてもらいました。
    ありがとうです。
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■2008年01月24日(木)  出産の記録8
赤ちゃんはわずかな時間胸の上にいて、それから別室に体重測定などに連れていかれた。相棒もそれについて別室へ。
私のほうはというとすぐに後産が始まり、胎盤をひっぱって出す感覚があった。これがまたすごくイヤな感じで、クイクイとへその緒をひっぱるのにつられておなかの中がぐずぐずと動くのが本当に気持ちがわるい。しかもこれについても、胎盤がはがれなくて出血多量で死んじゃった産婦の話や、胎盤がはがれなくて助産師が肘まで手をつっこんで子宮のカベをかきとっても無理で手術に至ったひとの話なども読んだり聞いたりしていたのでこわくてしょうがなかった(TT・・・が、幸いにも私にはそのような悲劇はおこらず、数分後には胎盤はずるんと引きずりだされた。

「見ますか?」と聞かれたので
「見ます」と答えると、卵膜をひろげて、
「こういうふうに赤ちゃんが入ってたんですよ」
と助産師さんが見せてくれた。へその緒の表面って、肌みたいなものかと思っていたら、肌はおへそのちょっと先までで、そのあとは直径1センチぐらいの白っぽい半透明のクダなのね。

しかし胎盤。こんなグロいシロモノだとは思わなかった。産後胎盤を食べる動物というのは多く、人間でも、産後に産婦に食べさせる風習は各地にあったらしいけど、これをかよ!
「これは食べられないですね」
と言ったら与田先生が
「食べられないよ、細菌感染の温床だよ。とんでもない」
と答えた。ちなみにこの胎盤の処理のために、入院費用とは別途、2500円の現金が徴収される。なんか、処理する企業があるみたいなんだけど、どうやって処理されるんだろうねえ。もし持って帰ると言いはったら、持って帰らせてくれるのかねえ。冷凍か干物にしとけばあやしい漢方薬の店に売れそうだけど・・・

助産師さんが
「これどうしますか?旦那さんは見なくてもいいですよね」
というので
「あ、見たがると思います」
というと助産師さんは胎盤もって別室へ行った。

そうこうする間に陣痛促進剤の点滴がものすごい勢いで落ちてることに気づいた。
げっ。こんな速度で陣痛促進剤入れて大丈夫なのか?!と思ったが考えてみるといま私の子宮の中にはもう大事なモノは何も詰まっていない。産後はできるだけ早く子宮を収縮させてもとのサイズに戻したほうがいいので、陣痛促進剤は一気に落としてしまうのだそうだ。

ふと気づけば、となりのベッドでも泣き声がきこえている。となりでも赤ちゃんが生まれたようだった。そういえばさっき、旦那さんと助産師さんの声で「ヒッヒッフー」っていうのが聞こえていたな。そういえば私、呼吸法らしいの何もしなかったけど・・・もしかするとさっきの脱水機のときがヒッヒッフーのタイミングだったんじゃないだろうか。

つづいて会隠部の縫合。縫うときも何も感じなかった。
「痛い?」
と聞かれ
「いいえ」
と答えたら先生が
「痛みに強いほうなんじゃないの?」
と言った。いやあ、痛みに強いっていうのは、何も感じないというのとは違うもんねえ。麻酔が効きやすいか、先生のうちどころが絶妙だったかどっちかだと思いますよ。

別室から戻ってきた助産師さんが
「とても安産でしたから麻酔なしでも乗り越えられたと思いますよ。次回出産なさるときはぜひ麻酔ナシでチャレンジなさってみてください」
と言ったが
・・・ぜったいにヤだよ!
とクチには出さないまでも心の中で叫んだ。だってとなりのベッドの妊婦さんの苦しみようを聞いてしまった今となっては、コワくてもう麻酔ナシで産むなんて考えただけで気絶する。麻酔なしでどのぐらいイタイのかも想像がつかないし、5万円で痛くないお産できるなら私は次回も麻酔したい。たとえひとから「そんなの本当のお産じゃない!」とか後ろ指さされても(--;(※←こういうことでひとのことを後ろ指さすひとは実在する。ネット上で無痛分娩の話題がもちあがるところに必ずひとりは現れて、痛みあってこそ赤ちゃんに愛情がわくんだとか本当の母親になれるんだとか言ってまじめに情報交換してるひとに水をさしている)

そういえばさっきチョキチョキチョキチョキって音がしたな、と思い
「何カ所切ったんですか?」
と先生にきいたら
「1カ所。切るときは1カ所切るだけ」
と言われた。はて?と思っていたけど、あとで相棒と話して、同じところを数回にわけて切ってんじゃないかってことに気づいた。
言っておくけど会隠部切るときはメスとかじゃなくてハサミだからね!?こわわ〜

それと、切開後のこともついでだから書いておくと、相棒によれば、チョキチョキチョキチョキで切ったらすぐ頭が出たらしい。(要は、アタマが出るまで同じところを切るんだろう(--;こわわわ〜)そのあとは助産師さんが赤ちゃんの頭をつかんでぶんぶんふるってひきずりだしていたという。赤ちゃんの体は赤黒く、生きているのか死んでいるのかもわからず、あんなふうに頭をつかんでふるって大丈夫なんだろうかと相棒は恐怖におののいていたようだ。退院後にビデオを見ると、出てきた直後の赤ちゃんが克明にうつっている。ぶるんぶるん振るっているところは映っていないけど、まだ半分袋かぶったような状態でどろりんと出てくると、せまいところを通ってきたばかりなので腕の血が止まって真っ白だった。

さて話は戻って、私が縫われている間別室に連れて行かれた赤ちゃん。相棒もついていってビデオ撮影をしていたようだ。あとでビデオを見ると赤ちゃんは台の上にのせられて右に転がされたり左に転がされたりそのたびに口にクダをつっこまれて羊水を吸引されて大泣きしていた。助産師さんが胎盤持って入ってくるところも映っている。このとき相棒はビデオをとりながら説明を聞いてたので何かにつまずいてよろけ、助産師さんから
「大丈夫ですか!!??」(←しっかりして!!という感じで)
と訊かれたそうだ。まあこうたたみかけるように次々グロいものを見せられれば、貧血起こす旦那さんがいてもおかしくはない。

とにかくおなかがすいてすいてしょうがない。出産直後相棒にサンドイッチを買ってきてもらってたのでよし食うぞ!と(まだ分娩台の上にいるのに)思ったら、赤ちゃんがキレイになって戻ってきてカンガルーケアのため私の胸の上におかれてしまった(^^;ぐるる〜。
「母体はこれから微熱が出て、赤ちゃんは体がひえてくるので、体温を交換しあってちょうどいいんですよ」
と助産師さんが教えてくれた。赤ちゃんは目をみひらいてこっちを見ようとしているようだ。髪がしっかりはえていて、髪の間にまだ血がついている。腕や耳にも毛がはえていて、すごく毛深い赤ちゃんだ。
ちいさくてやわらかくてあったかい。

髪をさわるととてもやわらかくて、とてもかわいいと思った。

「赤ちゃんを見たときにカワイイって思えるだろうか。愛して育てられるだろうか」
というずっと抱いていたおそれが、もともと存在しなかったかのように消えていた。

しばらく胸の上だったが、今度は私の体を横にし、胸元に赤ちゃんが置かれた。おっぱいをふくませると赤ちゃんはぎゅうっとおっぱいを吸い始めた。想像していたよりもずっと力強かった。
私の血圧のチェックなど2時間ほどの経過観察が終わり、赤ちゃんは新生児室に連れていかれた。私は3階の病室へ。車いすが用意されたので、なんか大袈裟だなあと思ってしまったが、考えてみればあんなでっかいものを産んだあとに歩けって言わないよね。

本来なら個室に泊まるはずだけど今日は満室で空きがない。そのため今日はこの病院唯一の4人部屋に泊まることになった。
ベッドにつき、お産用品をバッグにつめこんで産後用品をひっぱりだした。
パソコンをつないだら、後輩の武田ちゃんからメールが入っていた。彼女のほうは昨日の朝おしるしがあったけど出産まで時間がかかって日付が今日になってから生まれたので、なんと赤ちゃんの誕生日は同じになった。

さらに驚いたことに、実家に電話すると、私のおばあちゃんも今日が誕生日だったことがわかった。ちなみに、私は亡くなったおじいちゃんと誕生日が同じ。初孫がおじいちゃんと同じ誕生日、初ヒマゴがおばあちゃんと同じ誕生日なんてすごい偶然ではないだろうか。おばあちゃんはすばらしい誕生日プレゼントだと喜んでいたそうだ。

北海道の相棒両親に写真と無事出産のメールを送り、さてサンドイッチ食べようかと思ったら、今日の昼に出されたおやつがとどけられた。抹茶ぜんざいだっけ?なんか、抹茶の粉が青カビにしか見えないんですけど・・・(^^;

それを食べ、さてサンドイッチと思っていたら晩ご飯の時間になり、お膳がはこびこまれた。昨日までは一食に納豆半パックとごはんも茶碗に半分しか食べられなかったのに、いまやカラの袋となった私のオナカに、料理はするすると消えていった。出された食事を完食したあとサンドイッチまでたいらげ、やっと私はゆうべ以来の飢えから解放されたのであった。

やがて面会時間が終わりに近づいた。帰るまえ、相棒はベッドの横の簡易イスにすわり、
「ありがとう。よくやってくれた」
と言ってくれた。
「これで本当に血のつながった家族だね」
と言ったら、泣きそうな顔をした。
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■2008年01月23日(水)  出産の記録7
分娩台の手すりをつかみ、陣痛の波をつかまえる。
はじめのうちは助産師さんがモニタを見て「はい深呼吸して、大きく吸って、いきんで」と言ってくれていたけど、自分でタイミングはかるように言われた。この波のタイミングをつかまえるのがなかなかむずかしい。本当は陣痛のしめつける感覚ぐらいは残っているはずなんだけど、私は麻酔がききすぎているようでモニタをみないと陣痛が来る感覚がわからなかった。

モニタの波形を見て波が強まってきたら息を吸い、吐いて、吸って、ベッドの手すりをつかんで肩を起こしながら、ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!と死ぬ直前ぐらいまで息とめて渾身の力でいきむ。そして波が去るのと同時にふ〜〜と力を抜ききる。でもうっかりすると手すりにぎった手に力が残っちゃったりして、意識して毎回力をぬくようにしなければならない。

相棒はその間、私のアタマを支えてくれていた。あまりに長いあいだ息をとめているからそのまま息が止まってしまうんじゃないかと青ざめながら支えてくれていたんだという。
この頃の陣痛の間隔はどんぐらいだったろう?はっきりわからないけど、1分ごとぐらいだったかもしれない。

「赤ちゃんの髪が見えるようになりましたよ」
と言われたが、
「いきまないときも見えてますか」
ときくと、今はまだ、いきまないときはひっこんでしまうと言われ、がっかりする。いきんでもいきんでも全然すすんでないような気がする。

気づかぬうちに顔をめいっぱいしかめていきんでいたらしい。
「顔に力をいれるとおなかに力がはいらなくなるから顔でいきんじゃダメ、目をみひらいておなかのてっぺんを見て、上半身をもちあげて!」
と助産師さんから注文がとぶ。その通りにしながら、自分の顔を想像した。汗だくで、目ひんむいてる真っ赤な顔。どう考えても可笑しいが、笑う余裕はなかった。ビデオに残ってたら消そう。目をひんむいていきみはじめたら、
「そうそう、上手ですよ、赤ちゃんすぐそこまできてますよ」
と助産師さんはほめて励ましてくれるようになった。助産師さんは赤ちゃんの髪が見えはじめたら出口が裂けないようになぞってのばしてくれているようだった。

いきむのはほんとに疲れる作業だった。運動不足の腕で分娩台の手すりつかんでいきんでいると疲れ切ってきて、
「あ〜まだ出ないのか?いまどこまで来てるんだ?次の波はいきまないで休みたい。誰か私のかわりにいきんでくんないか?」
とつじつまの合わない考えがあたまをよぎる。でも私がいきまなければノブオは絶対に絶対に出て来ることができないんだと思い直す。赤ちゃんはいま苦しいところを通っていて、一刻も早く出してあげなければならない。私が休んでちゃダメだ。自分を鼓舞して休まずいきみつづける。

助産師さんが
「頭がひっこまなくなりましたよ」
という。相棒に下にまわっていまどのくらい見えているか確認してもらった。
「もうおおむね出てるみたい」
というけど、
「こんくらい」
と示してくれた指の開きからは、頭が出きるまでにはまだしばらくかかりそうに見える・・・
不思議なほど痛みはなかったけど、麻酔は疲れまでは緩和してくれない。あ〜〜まだか!?誰かあと何分って教えてくれ〜(TT

しかしほどなく何人かの助産師さん、看護婦さんたちが呼ばれてきてエプロンをかけはじめた。私の足には筒状のカバーが装着され、胸元には吸水シートがひかれた。あっ、これ!母親学級で言ってた「もうすぐ出る」という合図じゃね!?
与田先生が呼ばれて来て私を見るなり
「あと切れば出るな」
と言ったのが聞こえた。会隠切開については、切らないですむのなら切りたくなかったけど、私は覚悟していた。どうしてもイヤというひともいるようだけど、切らなければ1時間も余計にかかることもあるし、切らないと裂けちゃってかえって治りが悪いという話も聞く。もういきみ疲れていたので
「切っていいですか」
と聞かれたときには一も二もなく承諾した。

すぐに下のほうでチョキチョキチョキチョキと4回音がした。何カ所も切るの?感覚がまるでないので切ってるのか切ってないのかわからん・・・と思ったとたん内臓をふりまわされるような振動と衝撃が始まった。これまでほとんど痛みらしい痛みもなく来ていたのが、こればかりは痛いというか、おなかの中で洗濯機が脱水してるような感覚で、どうなっているのかわけも分からずただこわくてたまらない。与田先生が私の胸がわにまわって上からおなかをぐいぐいと押しはじめた。衝撃で陣痛がいつ来てるのかわからない。何かすごいことが起きていて誰も私に注意を払ってないし説明もしてくれない。
「もういきまなくていいんですか」
ときいたら誰かが
「もういいんですよ」
と答えた。
とにかくクライマックスだということはわかったけど、今どうなっているのか、あとどのくらい続くのかわからず、こわくてこわくて悲鳴をあげていた。

振動はどのぐらい続いたのかはっきり思い出せない。ふと我にかえるとその振動が終わっていて、どこからか、ケホケホ、ア〜という声が聞こえてきた。

赤ちゃんが生まれたということがわかった。無事生きてるということ、お産が終わったことがわかったら自然とおなかにふるえがきて、自分が笑っているのかと思った。そしたらこめかみにむかって涙が流れて、私は泣いてるのだとわかった。

赤ちゃんは胎内での垢を拭かれて胸の上に置かれた。
まだ力がはいらなくてだらりんと置かれるままになっている。
シートごしにそろりと抱いてみた。胸の上にのってるものがあまりにも重大すぎて、最初にかけようと思っていた言葉も忘れてしまった。
コメント
  • 竹浦(2008/01/24 01:36)
    私が想像してたよりも、無痛分娩も大変そう・・・。「内臓をふりまわされるような振動と衝撃」って怖いですね〜。自分の分娩の直前にもこの日記を読み直して、心の準備をして臨もうと思います!
  • のーさん(2008/01/25 16:52)
    そうなんだよ〜(--;とにかく疲れる。それにあの振動は一体なんだったのかと今でも思うんだ。プースカが蹴ってたのか、先生が押してたせいなのか。
    竹浦ちゃんも、いいお産になるよう、祈ってるからね!
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■2008年01月22日(火)  出産の記録6
【14:00頃】

助産師さんが、となりの分娩台との間の仕切りをおろしはじめた。
「陣痛室でとなりのベッドだった妊婦さんがそろそろお産なので、隣に入ります」
あちらも旦那さんが立ち会うらしい。
「あちらは麻酔つかってないのですすみが早い可能性があるんです。あちらが先だったらすいませんがこちらの旦那さんはいったん出ていただきますね。もしこちらが先だったらあちらのご主人に出てもらいます。もし同時進行だったらどちらもそのままいていただきます」
と助産師さん。

まもなく陣痛室から妊婦さんがやってきた。陣痛室でとなりのベッドにいたひとだ。破水させてから急速にお産が進んだということらしい。ものすごく痛そうで、うわごとのように
「ハ〜ッ、ア〜ッ、ア〜ッ、ア〜ッ、痛い〜っ」
と声をあげている。イヤ、声をあげてるなんてもんじゃない、叫んでいる。うわ〜、あれが本物のお産というものか。こんな至近距離でこんな叫びを聞くなんて・・・まるで自分がひとのお産に立ちあってるような気分。
「いきみたい〜ッ」
と言うのをあちらの助産師さんが
「まだいきんじゃダメですよ。もうちょっとガマンしてね!」
となだめている。子宮口の開きがあと一歩なのだろう。本当に痛そうで、泣いてるんじゃないかと思うような声だ。
「もうダメです〜」
と叫ぶのを
「ダメなんて言わない。赤ちゃんがきいてるよ」
と助産師さんがまたなだめる。

はっきりいってその声をきいてるのは超コワかった。
自分がお産の最中でありながら、その迫力と臨場感にすっかり動揺して涙がぼろぼろ出た。おもしろいことに、それに呼応するように、枕元で鳴っていたノブオの心拍計の速度が急にあがり、これまで最大で150ぐらいだった心拍が170以上まではねあがった。私の心拍があがってるからなんだろうか。それともなにか、胎児を興奮させるホルモンとかが分泌されてるんだろうか。

これに関連して(あとから)思い出したことがある。妊娠中、台所で火を使っていると決まってノブオがぼんぼん暴れ出すことがよくあった。それまでおとなしかったのにガスを点けたとたん、ということが頻発したので「どうして火を使ってるときにかぎってなんだ?おなかの中のくせにどうしてわかるんだ?見えるわけないし、温度が伝わるとも思えないし・・・」と思っていたけど、あれはもしかすると私の心拍数があがってたり、私自身がなにかアドレナリンとかを出してたせいで暴れてたのかもしれないな。


【14:30】

「そろそろまた麻酔が切れる頃ですが痛みが戻ってきましたか?」
と聞かれるがあまり自覚はない。
「もう一度麻酔追加してもいいですけど、麻酔を追加するとどうしても陣痛の力が一時的におちるので、もしこのまま耐えられるようなら麻酔を追加しないほうが、時間がかからないと思います」
と助産師さん。ちなみに前日無痛分娩で産んだひとは麻酔をつぎ足しつぎ足し、夜9時までかかったそうだ。
となりのベッドの妊婦さんの苦しみを味わうのは絶対イヤだが・・・こんなにおなかすいてるのにこれから夜9時までというのもかなりイヤだ(TT今のところそれほど耐えられない痛みは来ていないので、とりあえず追加しないでやってみることにする。

赤ちゃんの回旋が完全じゃないのでちょっと右側を下にしてくださいと言われ、右側をむいてしばらく陣痛をやりすごす。相棒は背中側にいるので背中むけたまましゃべっていた。となりからは相変わらず激しい叫びが聞こえていたが、あちらの助産師さんが
「これからいきんでいきますよ。はいお口つむって声出さないで!息を吸って、吐いて、吸って、いきんで!」
と言い始めてからは叫びはうなり声にかわった。どうやらやはりあちらのほうが先に最終出産体勢に入ったようだ。しかし相棒が分娩室から出されない。さっきの説明では「あちらが先だったらこちらの旦那さんはいったん出てもらう、同時進行だったらどちらもいてもらう」ということだったけど・・・ということは?ということは!?私にも最後のときが迫っているということでは!!?

ほどなく助産師さんから、
「じゃあ、これからいきむ練習をしていきましょう」
と言われた。
「いきむ練習」という表現・・・どこかのブログの出産体験記で読んだことがあるぞ。練習といわれたからそのつもりでいきんでたらアタマが出てきたって言われた、って・・・
産むの?もう産むの?もう子宮口完全にひらいたの?と思っていたら、助産師さんが与田先生に「全開です」と言ってるのがきこえた。おわ〜!もう全開してんの!?
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■2008年01月21日(月)  出産の記録5
【10:30】

バルーンがぬけた。子宮口の開きは5〜6cmだそうだ。
「バルーンてどんなものですか?」
と訊ねたら、見せてくれた。ひょうたん型の水風船みたいな感じ。相棒と喋ったり、陣痛の間隔を書き留めたり、まわりの様子を写真に撮ったりしているので分娩台の上にペンやノートやカメラ、ビデオがごちゃごちゃのっている。こんなとこにこんなもの置いてていいんだろうか?分娩室って意外に融通がきくものだな〜と思う。ここの病院だけだろうか・・・

11時ちかくなっておしりに圧迫感がでてくる。陣痛はまだ唸るほどではないけど痛みが増してきた。胃のへんがおさえられ息苦しくなる感じが強まってくる。いいかげん間隔が短すぎてせわしないので陣痛の間隔をつけるのはやめた。さっきの助産師さんが言ってた「つけてる間は産まれませんよ」って「産まれる頃には痛くてつける余裕ありませんよ」っていう意味かなあ、「産まれる頃には頻度が高くてつけてらんなくなりますよ」っていう意味かなあ・・・

相棒に頼んで陣痛室に置いてある荷物からタオルをとってきてもらったら、となりのベッドにいた妊婦さんについて先生たちが
「あまりお産がすすんでないので破水させようか」
ってヒソヒソと話してるのがきこえたという。

【11:10】

痛みはあいかわらず強くない。助産師さんの口ぶりからすると、もう陣痛も3,4分間隔だし本来なら結構いたむはずのようだ。どうせお産を経験するならもう少し耐えられないところまでひっぱってみたかった・・・けど、先生麻酔針がちゃんと入ったという確信がもてなかったようなので「ひっぱってみたら麻酔効きませんでした〜」って可能性もあるんだよね(^^;結局まだ少し余裕あったけど麻酔をいれることになった。

麻酔をいれると歩けなくなるからと、前もって最後のトイレへ。
与田先生が呼ばれ、チューブから麻酔を入れてくれた。脚全体が熱いような冷たいようなじーんとした感覚になってくる。痛みがひいたらしく陣痛の感覚が弱くなった。
麻酔後は血圧が変動することもあるのでその間相棒は室外へ。相棒は何かするごとにまめに分娩室のソトに出された。容態が変わったときにあわてちゃったりして邪魔になるといけないからだろうか。血圧もモニタするため、自動血圧計がウデに巻かれた。血圧計には一定間隔で勝手にシュカシュカと空気がはいって血圧を測定し、測定値がモニタに表示される。何でも自動化してるもんだ。すごいもんだ。

痛みがなくなっていっそう緊張感がなくなり、戻ってきた相棒にしきりと空腹を訴えた。

【12:00】

麻酔を入れたせいもあってか、子宮口開大6〜7センチから変動がない。あまり開いて本格的にお産に入ってしまう前に相棒には食事に行ってもらった。進展もあまりなく、ヒマなので持ってきた本を読んでいた。マニラ行き、という本で、フィリピンにはまって転落していった男達のルポだ。我ながらもうちょっとお産に似つかわしい本を選んでこれんのだろうか(^^;そういえばこの本は前にも読んだことがあるんだよね。ネパールのポカラのアニルモモ(チベット餃子の店)の本棚に置いてあって、つい引き込まれて2,3日この本読みたさにアニルモモに通った気がする。ポカラとマニラに思いをはせながら、長いトンネルの出口で息子を待つわたし。

【12:30】

「そろそろ痛みますか?」
と聞かれる。麻酔は通常1時間半で切れるらしい。あまり痛みが戻ったという自覚はない。そういわれればそうかな?ぐらい。今回もできるだけひっぱってみることにする。かなり陣痛の間隔が短くなり、これ以上陣痛促進剤の点滴量をあげると間隔がなくなってしまうおそれがあるので上げられないという。

【13:00】

「導尿しましょう」
と助産師さんが用意をし始めた。導尿!すんの?導尿もイタイっていう話だよね〜(TTそれもイヤだったから生まれる直前までは自分でトイレ行くつもりだったのに〜。イヤです、まだおしっこ行きたくありません!って言いたかったけどガマンして助産師さんの判断に身を任せる。
「もう麻酔が切れてるはずなので少し痛いかもしれませんよ」
と言いながらカテーテルを入れられた。ううっ、来るか?痛むか?と思っているあいだにテテテテと、容器に尿がおちる音がした。あれ?痛みは?と思ってるあいだに導尿は終わった。何も感じなかったな。ハテ・・・
今朝から水を飲んでないし尿がたまってる感じ全然なかったけど結構たまってたような音だったな。どのぐらい出たかきいたら200mlぐらいだったそうだ。ブドウ糖液をたっぷり入れられたからか。

導尿がすんで再度麻酔を入れてもらう。与田先生がなかなかつかまらなかったらしく、呼び出しをかけてからしばらくして与田先生はやってきた。「先生電話したら出てください」「充電中だったんだよ」「与田先生の携帯はいつも充電中です」なんて緊張感のないやりとりを先生と助産師さんがしている。たいへん不謹慎だけど逆になごんだ。

相棒が食事から戻ってきた。「てんや」で江戸前天丼食べてきたそうだ。それにしてはなぜかニラのニオイがした。鼻にまで麻酔がまわってるんだろうか私。それにしても真剣にハラへった。こんな空腹で子供産むなんて信じられない。最後まで体力もつんだろうか

その後相棒をまた追い出して内診。さっきまでも何度か内診してもらってるが、そのたびに指で子宮口をこじあけてるらしい。
しかし麻酔いれたら陣痛が弱くなったので最終的に陣痛促進剤の流量は最大値の120までひきあげられた。
ときどき心拍モニタの心拍数が1分間88回とかになってアラームが鳴るのでノブオが徐脈になってるんじゃないかと心配していたが、よく見たらそのモニタは私のほうのだった。
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■2008年01月19日(土)  出産の記録4
【8:30】

水を飲んでたがほんとはそれもいけなかったらしく助産師さんからとめられた。のどがかわいた〜おなかがすいた〜。

与田先生が出勤して来て、正式に今日出産することを告げられた。現在子宮口の開きは3cm。分娩室にうつりバルーンを入れられた。ううっ、なんとも形容のしがたい痛み。バルーンは子宮口をむりやりコジあけるための風船で、自然に子宮口が開くときは必要ないけど陣痛促進剤を使った出産にはつきものだ。これをいれるのは結構イタイと体験記で読んでいたから、コレも陣痛促進剤使いたくない理由のひとつだったのに・・・(TT。でも痛みを過大に想像していたからか、実は想像してたほどの痛みではなかった。

コカンにモノがはさまった痛みを我慢したまま分娩台に寝かされ、手首に点滴の針を刺された。緊急時にすぐに点滴で対処できるよう、どんな妊婦さんも点滴針を刺してとりあえずブドウ糖を流し込んでおくんだそうだ。私の静脈は針が挿しにくいらしい。手首ちかくに針を刺され、500mlのブドウ糖液を点滴された。おっなんとなくノドのかわきがおさまったカンジ・・・。この時点で陣痛は5分間隔になっていた。夜勤の助産師さんにかわって、両親学級のときの講師の助産師さんがやってきた。私が陣痛間隔をつけているのを見て
「あらっ陣痛間隔ひかえてるんですか?モニタ装着してるからいいですよ」
と言われたけれど
「いえ、気をまぎらわすために」
といってつけつづけた。

続いてついに陣痛促進剤の点滴が始まった。促進剤は、アトニンというもので、この1アンプルをブドウ糖液500mlにまぜてある。陣痛促進剤はひとにより効きが大きく違うので、1アンプルをいきなり注射したりすると過大な陣痛を引き起こしてしまうことがある。なので少量ずつ様子をみながら投与しなければならないが、あまり微量だとコントロールがきかないので、ブドウ糖液でのばして点滴するわけだ。薬量を管理するインフュージョンポンプで少量から様子を見ながら単位時間あたりの流量を増やしていく。陣痛モニタを監視しながら20分ごとに流量を15ml単位で上げていき、最大120mlまで流量をあげられるきまりになってるらしい。

点滴が始まると与田先生が来て、背中に麻酔注射をした。いよいよ無痛分娩の麻酔の準備だ。無痛分娩では、下半身の痛みをやわらげるため背骨の腰の少し上の硬膜外に麻酔をする。硬膜外に刺す麻酔針が太いんで、麻酔針を刺すための前哨の麻酔を打ったらしい。つづいて本命の太い麻酔。
「できるだけおなかをまるめて背中をこっちに突き出すようにね〜」
と言われるけど、おなかはふくらみきってるのでまるめることができなかった。

ゴリッ。

イヤな感覚が背中に走った。
これが麻酔針の刺さった感覚?しかし完了したという気配がなく、もう一度背中を突き出して〜と言われた。

ゴリッ。

どうやらうまく行ってないらしい(--;;;;。もう一度前哨の麻酔を打たれた。そして、

ゴリッ。

ついにうまくいったか?とおもいきや
「最後にもう一回だけやらせてください。これでうまくいかなかったらふつうにお産してもらわないとだけど。とにかく出産までは責任持ちますから」
と先生が言った。げげげ。
でもまあ、先生が休みの日に出産したら自然分娩だと心構えしていたわけだからな。そうなったらそうなったでがんばろう。最後の1回はおナカがきつかったけど死ぬ気で背中を突き出した。

ゴリッ。

最後の1回も微妙だったようで
「うーん、どうかな。効かなかったら多少イタイかもしれないけどがんばって」
と言われた。どうかなって・・・(^^;イタイのがヤだから無痛分娩選んだのに、励ましてもらっても〜〜
そのあと針からのびたチューブを、テープで背中にべたべたはりつける音がした。

ところで、分娩台にあがるのは子宮口が10センチまで開いてからだと聞いていたんだけど、無痛分娩の場合、麻酔が始まるともう歩けなくなるので子宮口が開く前から分娩台にのりっぱなしなのだそうだ。
「じゃあ今度分娩室を出るときは生まれたあとですか?」
と聞くと助産師さんはさらっと
「そうですよ〜」
と答えた。わ〜マジか。知らない間にマナイタの上に載っていたのか。

ちなみにまだ麻酔は入っていない。いよいよ痛くなってきたらさきほどのチューブから麻酔を入れるのだそうだ。今も痛くないわけじゃなかったがガマンできる程度。麻酔いれちゃうとどうしても陣痛が弱まり、赤ちゃんを押し出す力が弱くなる、つまりお産に時間がかかるので、我慢できるところまで我慢してほしいと言われた。

陣痛間隔はいつの間にか5分から3分になっていた。あまりに頻度が高いのでこの頃にはもう陣痛間隔をつけるのはやめてしまった。これはもうほとんど出産まぎわぐらいの間隔だと思うんだけど。短すぎじゃね?

陣痛促進剤の危険性はここらへんにもある。むやみに陣痛促進剤を入れてしまうと陣痛の間隔がまったくなくなってしまうのだ。陣痛の間隔がなくなると母体のほうも休むヒマなく痛むのでつらいが赤ちゃんにとってもキケンだ。子宮は陣痛によってギューっとしめあげて赤ちゃんを出そうとするが、その間赤ちゃんもへその緒も締め付けられてるのでどうしても血行が悪くなる。それを、一定間隔で休めることで赤ちゃんの血行を確保してるわけなので、間隔がなくなると赤ちゃんが酸欠になってしまう。

というわけで陣痛促進剤の点滴は、陣痛の間隔がなくならないよう厳しく監視しながら時間をかけて微量ずつ上げていくのだった。まだまだ痛みに余裕があるためそこらへん根掘り葉掘りきいて、この病院での陣痛促進剤の使い方にかなり安心した。

助産師さんから「おしりに圧迫感ありますか?」と繰り返しきかれた。おしりに圧迫感が来るぐらいの陣痛がないと子宮口が開いてこないのだそうだ。残念ながらまだおしりに圧迫感はない。
コメント
  • 竹浦(2008/01/21 05:02)
    こんばんは!6月に無痛分娩を控えている身としては、すっごくありがたい記録です。ここまで細かい体験記ってなかなか無いですよね。いいイメージトレーニングになります。背中も頑張って突き出そうと思いました。続き、超楽しみにしてます。いま気になってるのは、私の病院は計画出産なのに、当日の朝入院で、バルーン等も使わず、切開も極力しないらしいのです。なんか別の裏技で開かせるのか?と疑ってるのですが、こういうのって聞いたことあります???

    そういえば、私はゲップ→胃腸炎になりました。先週の連休中は水分しか摂れず、、、(ToT)。いまはかなりマシになりました♪
  • のーさん(2008/01/21 11:42)
    お〜竹浦ちゃん。貧血の調子どう?私の体験記役に立ちそうでよかった!バルーン使わないんだね。きっと助産師さんが常時多くいたりして、時間かかってもじっくりつきあってくれるんじゃないかな。切開については、切ったところほとんど痛まなかったから、(切った瞬間も、そのあとも)頼んで切ってもらっちゃうのもアリかと思うよ。当日の朝入院なんだね。前日の晩ご飯食べてもいいの?
    竹浦ちゃんも胃腸炎なっちゃったの!おだいじにね・・・
  • 竹浦(2008/01/22 10:54)
    時間かかってよければバルーンは使わないのか!なるほど〜。晩御飯はどうなんでしょ?食べなくて時間かかっちゃったら、丸一日以上何も食べられない、ってことですよね。辛そう・・・。ブドウ糖点滴ではおなかいっぱいにはならないんですか?
    切開は、2chかなにかで、縫ったあとがずっとひきつってて痛い、とか読んで怖いなー、と思ってて「なるべくしない方向でお願いします」って言おうかと思ってたのですが、のーさんが大丈夫だったらなら「先生の判断にお任せします」にしようと思います!切らないでその辺の皮膚が伸び伸びになっちゃうのもアレですよね・・・^^;
  • のーさん(2008/01/23 23:30)
    ブドウ糖でたぶん血糖は確保されてるから体力的には弱っては来ないと思うんだけどおなかはず〜っとすいてたよ〜。コドモが下がるぶん胃が影響うけたりもするのかな。
    縫ったあとがひきつっててイタイって(TTコワイね。そういうのってどのくらいの頻度で起こるんだろうね・・・
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■2008年01月18日(金)  出産の記録3
【5:00】

ここまでの間、相棒は家族待合室で陣痛促進剤の数々の被害を扱った本を読んでふるえていたらしい。ただ、薬剤被害にあったひとたちはそうとうめちゃくちゃな使い方をされたひとたちのようだということもわかった、と言っていた。とにかく両親学級でも聞いたとおりここは助産師さんが「ここで産みたい」と思える病院だ、という言葉を信じて病院にゆだねてみようと話をした。

これまで助産師さんから聞いたこと、今日の段取りなどを伝えおわると、朝まではもうあとわずかだけど、相棒はいったん帰らされた。8時半になったらまた来る段取りだ。眠れるようだったら眠っておいたほうがいいですよ、という助産師さんのことばにベッドに横になっては見たものの気がたかぶって到底寝ることなんかできなかった。荷物からパソコンを出してwebの日記に経緯をかきこみ、アメリカのシンシアとルワンダのヴィクターにメール書いていたらしらじらと夜があけてきた。

その間ときどき息苦しくなる感覚があって、おなかの張りモニターの山と一致しているところをみると・・・これが張りなのか。寝てるときとかパソコンの前に座ってるときに何度もこの感覚があったのに、これが張りとは全然気づいてなかったわ。破水してみてはじめて気づく張りの感覚。張りは定期的に来ているようだったので間隔をノートにつけてみた。時間的には13分間隔だけど赤ちゃんが動くと張るときもある。助産師さんが様子を見に来たときに、
「これはまだ陣痛とは呼べないレベルね。ノートにつけていられる間は産まれませんよ」
と言われた。そうか。ノートにつけてる間は産まれないのか。じゃあどこまでつけられるか、つけ続けてみようじゃないか。

【7:00】

夜が明けたので実家に電話。父が出た。
「今日産むから」
と言ったら
「えっ?」
と言ったきり絶句している。4月1日でないかどうか確認してるのかもしれない。
「今日産むから」
ともう一度言い、しどろもどろしている父にひっこんでもらって母にかわった。誰もいないときに陣痛が来たら困るかもしれないと思って母はこんどの月曜から来てくれることになってたのに思いのほか早く入院してしまった・・・。「行こうか?」といわれたけど、来てもらっても出産で立ち会いできるのはひとりだけだし、それは相棒と決めているし、何時間かかるかもわからないので断って電話を切った。

ところが8時少しすぎに母から
「やっぱり行くわ」と電話がきた。
「なんで?」と訊いたら
「お父さんが行け行けってうるさいんだもん」
やっぱり・・・(^^;

背後で父が何か言ってるのが聞こえ、電話口で
「もうお父さんうるさい!きこえない!」
とけんかしている。当の私たちは冷静なのに対し両親はすっかりあわてふためいているようだ。

母が私を出産したときに何の予備知識もなく陣痛の苦しみを目の当たりにした父は、お産を恐怖体験として深く胸に刻みつけているらしい。私になにかあっちゃいけない、医者が医療ミスしたらすっ飛んで行ってやいのやいの抗議しなさい、とかけしかけてるようだ。脇で妹が「それはお母さんには荷が重いんじゃないかなあ」とツッコんでいる。つーかやいのやいの言われたら出産に集中できないっちゅうの(^^;
「来てもらっても迷惑だ、って私が言ってると言って黙らせよう」
そう母に指示して電話を切った。

8時を過ぎてしばらくしてほかの2つのベッドにひとが来た気配がした。やがて相棒もやって来た。寝られた?って聞いたら多少寝られたそうだ。こんなときでも寝られるとは大物だ。
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■2008年01月18日(金)  出産の記録2
【3:30】

タクシー会社に電話したがつながらない・・・モロ「深夜!」って時間だものね。タクシー会社3軒目でやっとつながった。相棒の提案に従いタクシー会社の番号だけは割と早いうちからたくさんリストアップして携帯に保存しておいてよかった。
タクシーは10分弱で来てくれた。シートにバスタオルを敷いて座る。タクシーが走り出してすぐに病院から電話がかかってきた。さっき電話してからなかなか来ないので様子をききに電話くれたようだ。なんだかんだで準備は1時間もかかってしまっていた。

「お産ですか?」
とタクシーの運転手さん。お産の妊婦をのせるのはこれで二度目だそうだ。前のお客はやはり夜中で、出発はこの近所だったけど奥さんの実家近辺で出産するため鎌倉まで行こうとしていたらしい。夫婦ともすっかりあわてていて、旦那は病院とのやりとりで大声はりあげているし、血相変えて急かされるし、運転手さんも気が気じゃなかったという。運転手さんのお子さんときのお産の話などもしてくれたりして、こころなしか運転手さんも興奮気味だ。
病院までのタクシー代は1860円だった。ご祝儀ってわけじゃないが、おつりはあげちゃった。
元気なお子さんを産んでくださいと運転手さんから励まされて病院の前に立った。

【4:30】

夜勤の担当は安藤先生だった。9月頃に食道に痛みをおぼえて相談しに行ったとき、この先生からはずいぶんつきはなした態度をされ、この先生だけはお産に立ちあってほしくないと思ったおぼえがある。一瞬いやな思い出がムネをよぎったけど意外にも安藤先生は、深夜にもかかわらず元気よく「安藤です!」と自己紹介し
「破水だそうですね、内診しましょう」
とにこやかに接してくれる。かなり印象ちがう。もしかしたらあの日は深夜勤務のあとノンストップで昼まで勤務とかで絶不調だったのだろうか、と勝手な想像をめぐらしながら診察台に横になった。

診察の結果、やはり破水。チョロチョロ出る一部破水でなく、全部出てしまう「完全破水」という状態だそうだ。そして子宮口はいまは指一本の開きだとのこと。予定日の数週間前には2、3センチ開いてるひともいるのだから、その時期指1本ということは「全然開いてない」にひとしい。出産するとなれば10センチ開くのを待たねばならないのだから、先は長そうだ。
「今日出産することになると思いますが、あなたの担当は与田先生だから、詳しいことは夜が明けて与田先生が来てからお話ししてください。」
と、告げられた。

とりあえず陣痛室に通され、囚人服に着替えるよう促された。(←だってなんて呼べばいいんだ?部屋着?ネグリジェ?入院服?)
陣痛室のトイレにすわったらまたずいぶん羊水が流れ出た感じがした。
陣痛室は3つのベッドが並んでいる。今日はほかに2人の妊婦さんが出産予定なので、夜があければ残りふたつのベッドも埋まるはずだと助産師さんが言った。陣痛室のラジカセは1台きりで、私のベッドから一番離れた壁際にあった。アレ(--;お気に入りCD10枚ぐらい持って来たというのに、出番がなさそうだ。

夜勤の担当の助産師さんは、ちょうど今週の月曜の検診で担当だったひとだ。
「まだ今週中には生まれないと思うから来週またこの時間にお会いできるでしょう。また来週ね」
って言われてすっかりそういうつもりになってたのに金曜の早朝にこんなところで顔あわせるなんてね。お産てつくづく予想がつかないもんだ。

安藤先生からは
「8時に朝食が出ますから朝食をとって与田先生を待ってください」
と言われたが、助産師さんはそれをこそっと訂正して
「朝食については与田先生がきてから決めましょう」
と言った。無痛分娩の場合、麻酔を使う。麻酔の影響で吐いてしまうひとがいるので、前の晩から食事ができない。計画分娩するひとは前日から入院して9時以降は飲食ストップするんだそうだ。イヤ〜あぶなかった、ここに来るまえにお腹すいたから腹ごしらえしてこようかな〜と思ったのよね。しかし安藤先生も私が無痛分娩希望だって言ってるんだから食事とっちゃいけないことはわかるだろうに・・・やっぱこの先生ちょっと・・・(--;かもしれん。

それにしてもおなかがすいた。持ってきたバッグの中には山ほどのおやつが入ってるというのに・・・
ちょっとぐらいなら・・・
んなわきゃないよな。

陣痛室のベッドに横になると心拍モニタと陣痛モニタをつけられ、赤ちゃんの無事を確認する。おなかに張りはきているがまだ定期的でなく陣痛とはよべないらしい。
ふつうは陣痛が10分間隔になったら入院するんだけど、私の場合破水が先だから、陣痛がすぐに来るとは限らない。そういえば陣痛促進剤被害について詳しく書いた本には「破水したらすぐ陣痛促進剤→出産という手順にしたがる病院が多いが、赤ちゃんが細菌感染しないうちはいそいで産まなくてもいい」と書かれていたっけ。助産師さんに
「細菌感染しているかどうか調べないんですか」
と訊いてみた。助産師さんは
・完全破水だし
・すでに38週でじゅうぶん赤ちゃんが育っているし
・日中をすぎて夜に陣痛が来てしまう可能性もあるし
・夜間は人手が少ないので日中に産んだほうが安全だし
・明日から週末で週末はやはり人手が少ないし
・週があければ担当の与田先生のお休みだし
・細菌感染するのを待ってから産めばそれなりに赤ちゃんにリスクがかかるし
といった理由をあげ
「先延ばしにする理由がないから今日産むことになると思います」
と言った。
陣痛促進剤を使いたくない、というのは先延ばしにするひとつの理由ではあるけれど、先延ばしにすることで発生する数々のリスクと釣り合うかといえば難しい。
破水は陣痛促進剤を使う正規の目的のひとつだ。
検診のたびあれだけ抵抗していた陣痛促進剤だけど、どうやら病院に身をゆだねるしかないようだ。
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■2008年01月18日(金)  出産の記録1
【AM2:00頃】

深夜あばれたことのないノブオが暴れるので目がさめた
トイレ行こうと起きあがったら何かなまぬるい液が流れ落ちる感覚があった。
おしるしか、破水だろうか?かなりの量が出た感じがする。
トイレに行ったら、ナプキンがピンクの液でぐっしょりだった。破水だ・・・
「破水した。病院いくよ」
と声をかけると相棒はいきなり直角に起きた。
病院に電話して状況を説明した。夜勤の助産師さんから
「いまから来てください」って言われた。
入院準備はまだととのっていない。まだ一週間以上あると思って、今週末に相棒と顔つきあわせて最終チェックするつもりだった。仮に準備してたリストを見ながら荷物をバッグに詰め込む。出産用グッズ、自分の退院用の衣類、赤ちゃんの退院用の衣類・・・陣痛室にはラジカセもあるということだったから、お気に入りのCDも10枚ぐらいつめこんだ。母親学級で「力を出すため分娩室で好きなジュース飲んだり、陣痛の合間にお菓子食べたりしてもいい」と聞いていたので山ほど買い込んであったおやつもつめこむ。(なんでそういうものだけはちゃっかり準備できてるんだ?)

意外とあわててはいない。というより不気味なぐらい冷静だった。
今日は金曜日。今日出さないと週明けまでゴミだしができないから、相棒にゴミ出しをたのんだ。

破水したということは、ノブオはもう長いことおなかの中にいられない。予定日まではあと9日もあるけど
羊水の袋に穴があいたということは、いつ細菌に感染してもおかしくないわけだから。
この週末は「2人きりで最後の週末だから神田のカツ丼食べに行こう」なんて言っていたのに、初めての3人の週末になってしまうのかもしれない。

出かける前にトイレに行った。すわるとさらに羊水が流れる。
ノブオは無事か?おなかの上からかるくノックしてみる。ノブオはもにゃ〜んと動いて返事をした。大丈夫だ!
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■2008年01月18日(金)  わさび
わさびにチューブが気に入ってしまったので遊ばせていたら

プ ギ ャ 〜 〜 〜 ! !

あ・・・。
フタをあけることに成功したようです(^^;
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■2008年01月18日(金)  スプーン
スプーンがなくなった。プースカのお食事用のスプーン。
ええと、おとといの晩ごはんあげてたら気に入っちゃって離さなくて
そのままお風呂に持ってはいって、持ってでて、そのあとどうしたんだっけ?

今日洗濯機から洗濯もの出してきたらおむつの間から出てきた(^^;
洗濯カゴに入れるなあああ!!!

最近身の回りのものが気に入っちゃうことが多くて、いろいろなものがいろいろなところから出てくるのでおもしろくてしょうがありません。まあ出てくるときはよいのですが・・・彼の今年のおみくじが「失せもの出ず」なところが多少気がかりではあります。
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■2008年01月17日(木)  伊達巻き
うちのプースカ甘いもの大好き。
伊達巻きのかけらをあげてみたら、最初なにコレ?って怪訝そうにクチあけたくせに口に入った瞬間顔をぱっと輝かせて「ウフッ」と笑った。
声だして笑うほどおいしい?(^^;
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■2008年01月13日(日)  インフルエンザ
きのうと今日やってたNHKの特集みた?鳥インフルエンザのパンデミック。こわいよねえ(TдT この件相棒は前からネットで読んだりして警鐘を口にしていて、私はまだ遠くの話のように思っていたんだけど、今日の特集見てマジでふるえあがった。
見終わってから相棒と真剣に話し込んじゃったよ

我が家では会社で働いてる相棒が一番感染する可能性が高い。
相棒は来週から都内の客先にしばらく出向することになってて、電車の混雑からいっても人口密度からいっても日本で感染が始まったらまっさきに蔓延しそうなエリアだ。

国内に鳥インフルエンザが入ってきたら、いつから仕事を休みはじめる?冗談ヌキでそういうことも考えた。自分が感染してからじゃ遅いし、蔓延が始まって企業や交通機関が閉鎖されるのを待っているわけにはいかない。じゃあ日本に鳥インフルエンザが入ってきた時点で?そんな大袈裟な!いや大袈裟じゃない。かかったら2人に1人はアウトなんだから!!
・・・でもパニックが始まってもいないときその決断ができるだろうか?

もし相棒が感染しちゃったら、プースカをどこに逃がす?ということも考えた。
埼玉の実家が無事なら埼玉に逃がすしかない。でも電車に乗っていくわけに行かないから車で迎えにきてもらって・・・
そのとき私はどうする?相棒は、感染した自分を置いてプースカと避難しろと言った。私はそんなことできない、と思った。だって高熱、肺炎、呼吸困難をひきおこすインフルエンザだ。置いていったら死んじゃうかもしれないじゃん(TT でも置いていかなかったせいで二人とも死んでしまうかもしれないとしたら・・・もっと非情な決断をしなければならないのだろうか。
もし埼玉の実家が先に全員感染してSOSが来たらどうする?そのときは・・・
感染したら、の想像を広げていくことは本当におそろしい。
ブレてはならないのはプースカが生き延びるための最善の選択をしなくてはいけないということだ。

とにかく、全員が感染しないことが第一の目標だ。相棒には毎日マスクをして通勤してもらい、普段より栄養バランスにも気をつけよう。籠城生活が始まった場合のため1ヶ月分程度の備蓄を用意することも忘れずに。米は10キロ常備、乾物と保存食の予備を確認、マルチビタミン系のジュースも買い置きしとかなくっちゃ。

とりあえず発熱のときの脱水予防として、私は今日ポカリ粉末を10袋買ったよ。笑いごとじゃないんだよ!「あのときあんなことしてておかしかったよね」と笑えればそれはいいんだから。「あのときああしていれば」と泣くことだけはないようにしとかないと。
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  • もみぃ(2008/01/16 12:49)
    真ちゃんはヒゲの男性そのものですよ。
    感染しても自己治癒できる人も半数以上は居るんですから、普段から睡眠、運動、ビタミンを充分に摂って人並以上の体力にしておくことが最良と思われました。
  • のーさん(2008/01/16 21:59)
    ああ、真ちゃんて言うんですか。知らなかった・・・
    そうなんですよね。私ら不摂生してるから健康づくりしないと。赤ちゃんの体力作りってどうやればいいのかなあ・・・
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■2008年01月12日(土)  自作道
買い置きの味噌がなくなり、一昨年しこんだ味噌ができたので食べています。

結論からいいますと、ビバ!うちで作った味噌!
うちで作った味噌はほんとにうまい!甘みがあってまろやかで塩気にトゲがなく、酒やみりんを入れないのに酒とみりんのコクがでる!(←それが味噌として正しいことなのかどうかわからないが。)あまり高い味噌買ったことないからわからないけど、麹多めでつくってるので市販では到底手がでないランクの味噌の味がしているのではないかと推測しています。

思いがけずおいしい味噌になったのでつい実家におすそわけしてしまい、残り約1キロ。
それでこの冬も仕込むべきだろうかと悩んでいるのでした。

前回はうまくいくかわからなかったので少なめに4キロぐらい仕込んだんだけど、けっこう表面に黒カビとか出たりして、全体のなかで捨てた部分割合が高かったので、少量仕込むのはあまり効率的でないことがわかった。だったら10キロぐらい一気に仕込むか?しかし仕込んだときの日記を読むと、大豆ゆでるのとか後かたづけとか結構めんどくさかったんだよね。

ちなみに自家製味噌キットを売っている店によっては、すり大豆といってすでにゆでてつぶした大豆を麹と一緒に売ってくれるところもあって、それだったら受け取って家で混ぜて樽にいれて寝かせるだけで自家製味噌ができる。そんなお手軽で本格的な味噌になるのかというと、あちこちのレポートを読むかぎりちゃんとしたおいしい味噌になるらしい。10キロぶんが5000円ぐらいで買えそうだ。超高級みそと同じレベルの味が1キロあたり500円!安い!よし、これで行こう!

ところで味噌なんか10キロも消費するかというともちろんしない。我が家のこれまでの食生活を見るに、1年に消費する味噌なんて2キロもいけば多いほうだった。
じゃあ残りの8キロはどうするのかというと、もちろんおすそわけするのである。おすそわけは楽しいよね〜、我が家の手作りのよろこびを家族や友達にも共有してもらうことができるんだから。

しかし、ここで考えてみよう。1キロあたり500円で安い!と思った味噌だが、おすそわけするときにお金をとるわけじゃない。これまで年間にかけていた味噌代は700円ぐらい・・・それが、手作りすることによってなぜか5000円になってしまう。
・・・それなら初めからキロあたり2500円のみそ2キロ買ったほうがよくねえか?(--;

だいたいねえ、手作りなんていうものは不経済なんだよ!
石けんだってそうだよ!
花王のホワイト石けん使ってるぶんには年間に石けんなんて1000円ぐらいしかかからなかった(私の洗顔石けんは別としても)のに石けんをつくるようになったとたんにオイルだのシアバターだのエッセンシャルオイルだの苛性ソーダだのアクリル型だのクレイだのハーブだのって買い集めて去年いったいいくら使ったと思ってるの!その値段でマリウスファーブル社のマルセイユ石けんが何本買えたと思ってるのよ!
もっと世界の歴史に学ぼうよ!家内制手工業が不経済だからっていうんで工場制手工業になって工場制機械工業になったわけだから、手作りなんて逆行なんだよ!時代錯誤なんだよ!

ハアハア。
・・・いや、おちつけ。

そもそも安くあげようと思って自家製してるわけではないのだった。
自家製の品質のよさ、自家製することの楽しさ、形から配合まで自分で決められる自由さ、そして常に成功するとはかぎらないギャンブル性(一抹の矛盾を感じるが)、それがあるから自家製してるのだった。いわば奥様の道楽。単価計算して「安い!」、手間を考えて「めんどくさい!」とか思ったのがそもそもの間違いで、単価が高くてもつくる、めんどくさいのが楽しい、これが正しい。どこまでも自作をきわめてその結果、麹をかもす、大豆を育てる、そこまで行くことが自作の道であり、道を極めるためならカネと手間は惜しまない。これだ!

そうとわかればコワイものはないな。今年も全開で自家製品を製造してむだにおすそわけを繰り返すのみだ!!
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  • faux-nez(2008/01/15 23:11)
    お味噌も手作りですか?すっごーい!私も手作り大賛成です。不経済とかそういうのはいいんですよ、別に。お金がかかっても面倒でも出来上がる過程を見るってとてもわくわくします。
    私はお味噌も石鹸も手を出せずにいますが、お菓子作りが大好きなので、今では娘の卵ボーロを作ってます。最近はダンナが好きな紅茶クッキーも食べるようになってしまって、紅茶の葉はやっぱりまずいだろ…ということで、ダンナ用の紅茶クッキーとは別にプレーンのクッキーの生地を常に冷凍庫に常備してます。あと、自分用のチョコチップクッキーも♪
    って自分のことはいいとして。ウチは味噌汁大好き一家なので、のぶこさんの手作りお味噌購入したいですよー。実費+作業料で分けてください!
  • のーさん(2008/01/16 22:14)
    ええ〜卵ボーロって自分で作れるんですか?すごい!うちのプースカも大好きなので作ってみようかな。味噌の件、そう言っていただけてウレシイです。でもやっぱ費用をいただいてお分けするには未熟というか性格がおおざっぱでして・・・たまに豆がまるごと形が残っていたりとか(^^;親戚におすそわけしてもおカネをとれない背景には、やはりそれなりに目をつぶってもらっている事情もあるのですね・・・
    でもお味噌を育てるのはほんとに楽しいです。まぜるだけタイプのやつは案外おてがるそうですよ。もしよかったら味噌トモになりませんか!?
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■2008年01月10日(木)  時期的に初夢ではないが、2008年最初の忘れられなかった夢・・・
JRに掲示を拒否されたという、岩手の黒石寺の蘇民祭のポスター
http://www.iwate-np.co.jp/newspack/cgi-bin/newspack_s.cgi?s_national_l+CN2008010801000801_2

のモデルとなった男性・・・
強烈だよねえ

あまりのインパクトに、夢に出てきてしまった。
夢んなかで、ゲイでMで、なよっとした彼氏にしばかれていた

ってどういう夢みとんじゃ!!

よけいインパクト強くなってしまった・・・
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  • もみぃ(2008/01/11 21:13)
    でも真ちゃんの反論は妥当だよ。
    ヒゲ剃ると結構いい人だったり (・・;
  • のーさん(2008/01/11 21:25)
    真ちゃんて誰でしょうか・・・(^^;
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■2008年01月06日(日)  奇遇
あけましておめでとうございま〜す

いやあずいぶん間があいちゃったなあ。書きたいことはイロイロとあったのだけど経緯を書かないといけないので大変だなあとかこんなつまらないこと書いてもしょうがないかなあとかこんなことをバラすと怒られるかなあとかこんなのは単なる親バカだなあとか(←じつはコレ9割)思っていたらいつのまにか38才になってしまってしかも年が明けてしまった!

年末はなにか妙にいそがしく、前の職場の同窓会があっていま妊娠4ヶ月の竹浦ちゃんに会ったりカンクンのカーサ吉田で会った母娘のお母さんのほうと再会したりしていた。年末はちょい早めに実家に戻ってプースカをジジババ〜ズに鑑賞させてあげ、クリスマスプレゼントと称して知育系の玩具をたんまりもらったりひいおばばからお年玉もらったりカーペットにうんこツブおとして気づかず新年そうそううんこくさい一日を送ってみたりしていた。

で実家から帰ってからも友達と会ったりしてばたばただったけど今日やっと通常モードにもどり、一家3人でお散歩。近くにある稲毛神社にお参りにいって、私は大吉、プースカは中吉だった。一部を紹介すると、プースカは旅行よろし(フッフッフ)失せもの出ず、お産よし(関係ねえか)。私は商いよし旅行さわりなし、と。

で、おみくじを見せあってたらちかくにいたベビーカーの男の子とすごく目が合ってしまい、相棒が手なんか振っている。男の子の両親も気づいてあっどうも〜みたいに挨拶してたらあちらの両親が
「ほら、プースカ(仮名)、手を振ってごらん」
って。
「えっ、プースカくんて言うんですか?うちの子もプースカなんですけど」
「ええっ!奇遇ですねえ。何ヶ月ですか?」
「11ヶ月なんです」
「ええっ!うちの子も11ヶ月で」
なんと字は違うものの名前の音が一緒で、誕生日も4日しかちがわない子だった。
パパママもうちらと同じ年頃の感じで、よりによって神社で会った同じ名前の子だしよほどメアドでも聞こうかと思ってしまった。まあ縁があればまた会えるでしょう

と、神社をあとにしてスーパーで買い物したあと公園に寄ったら小学生ぐらいの、姉妹2人と末の弟らしき3人の子が遊んでいて、女の子2人が末の男の子にむかって
「プースカ(仮名)こっちおいで〜」
なぬ〜!また同名!?なんか誰か私らをびっくりさせようとして仕組んでないか!?と疑ってしまったよ。

こんな偶然があるというのになぜ年末ジャンボがあたらないのかフシギでならない
(というか買ってなかったので当たらないのは当然だ。こういうときこそ買ってれば当たったかもしれないのに)

では本年もよろしくお願いいたします
コメント
  • もみぃ(2008/01/11 21:10)
    カンクンカーサの吉田って!!!
    まさか、あのサエない吉田っちじゃないよねぇ・・・(^^
  • のーさん(2008/01/11 21:27)
    もみぃさん、私のお知り合いの方でしょうか(^^;カーサ吉田は吉田っちのことではないです。
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